東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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家を建てて、ここさ住みてえな

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  • 話し手: 芳賀藤一さん
  • 聞き手: 吉野奈保子
  • 聞いた日: 2011年7月9日
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若い人は「復活の薪」に取り組んだ

薪割りに取り組む若者たち

 風呂はね。最初は県やボランティアの人たち、小学校に薪風呂設置して、やったわけさ。でも、自分さは20日ぐらい入らなかったもん。おにぎり小さいのでも食べれば、車さ行って寝てしまう。だから、朝早く目が覚める。着替えもないし、シャツもないし、着たままだから。真っ黒なわけさ。そういう状態だったねえ。

 初めて風呂さ、入ったのは、雪の日だったな。雪なんぼか降って。で、はじめて、シャツだの下着、なんぼか兄弟からもらったのあって、それ風呂さ入ったんで着替えた。とにかく休んでなかったから。なんでかんで道路つけねばねえから。

 

 俺は、たまに時間あれば、がれきの中から廃材さ積んで、薪風呂さ焚くために置いたんさ。だんだんに若い人たち、それ伐ったり、割ったり。そうやってるうちに「復活の薪」って話になったんだね。薪を米袋さ詰めて、外に売るようになったの。注文もたくさん入るようになって。若い人たち、一所懸命やっているから。みんな仕事ねえから、いくらかでもお金にさせたいと思うよ。

 

 昔は、ここらへんも、薪風呂、薪ストーブだったわけよ。だから秋口になれば、山さ行って、雑木を倒して短く伐って、うちさ持ってきた。まず冬休みなれば、子供たち、山さ行って。俺は大工で刃物研いでたし、薪割ればいいって、そういう感じでやったもんね。今の子供たちは山さ、行かねえからね。薪ストーブも、せねえけどな。

 今は、自分たちで山に杉苗植えるってこともねえ。全部、そういう関係の人さ頼んで、山を掃除してもらって。伐っても、代わりに植えてもらって。そういう感じだんねえ。今は自分のうちでやるのは、本当にないんでねえか。

 だから、「復活の薪」で廃材使うんでなくて、山の間伐やるっていったらば「おらいのもやってくれ」って。「山は全然手つけてねえから、やってくれねえか」とか言われたり。だから、うまくやれば、若い人も手間賃、出てくるんでねえかなって思うよ。

 

 山を持っている人は、結構あるんだ。でも、それで家建てるっていうと、今はほとんどねえから。何年前だろうねえ。小学校の下の芳賀博典さんって。あの家は、自分の山から伐って、製材して建てた。あれが最後だね。

 

元の場所に家を建てたい

 まず、大きい津波は何十年に1回だからね。チリ地震も十勝沖地震のときも、今の堤防が強かったから。まず来たって、堤防越えるような、こんな大きな津波は、そうはないはずなんだ。

 昔は堤防自体も低かった。昭和8年の津波は、沖から入ってくれば四十八坂にぶつかって、その跳ね返しがまわって、今の金毘羅様あるあたりまで来たっていうような話なんだね。金毘羅様から、道路に沿って、ちょこっとした川があったったのさ。それで津波がのぼってきたんじゃないかと思う。昔は、雨が降れば、川いっぱいになった。今は側溝深くなって、ちょろちょろ流れるだけだけどね。

 

 そんな話、聞いていたから、まさか2丁目の住宅の方まであがってくるとは思っていなかった。あれは、昭和8年の津波の後、造成して。俺の親父が養蚕組合のとき、携わって、分譲はじまったんだね。今回は、そこまで津波来た。まさか住宅までとはね。

 国道の端は、今度の津波来ても、ぬさってねえわけだ。これを高くすれば、ひとつの堤防がわりにもなる。まず、盤をつくって、しっかり整地して。国道から内側は一般住宅。作業場とかは浜の方に、そういう感じでもってけば、いいんでねえかなと思う。

 次また、どういう津波が来るかわからねえけど、国道を堤防代わりにして、海にも堤防やれば、かなり違ってくると思うけどね。

 そうするには大きな山崩して、どさっと土入れねば、おっつかねえ。ここ1年、2年でやれる仕事でねえと思うんだよね。それに対して、町も果たしてどこまでするのかがわかんねえ。

 

 できるもんであればね。元の場所さ、家建ててえのが、やまやま。俺の家は、神社の下の方だから。神社の近く、自分の元のうちさ、あったとこ。

 元いたところが大事っていうかさあ。みんな、前にいた土地さ、その地域さ集まってするって感じになりてえと思うね。道路もついてきて、賑やかになってくれば、みんなそうだと思う。俺だけでねえ。そう願っている人たちもあっこったし。

 

 俺は大工だし、みつけた古材でもいいから、家建てえと思っているんだ。小さくてもいいから、自分が元気なうちに建てて。また、ここさ住みてえな。

 

【プロフィール】

話し手:芳賀藤一さん

中学校を卒業後、丁稚奉公をして大工になる。芳賀建設を経営し、木造住宅の建設や土木工事、内装工事等を請け負ってきた。震災時には、吉里吉里地区のがれき撤去作業を率先して行う。

聞き手:吉野奈保子

特定非営利活動法人共存の森ネットワーク事務局長。
東京農業大学農山村支援センター事務局次長兼務。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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