東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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親父のかたみ「金衛丸」に乗って

サラリーマンと漁師、二つの顔を持ちながら

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  • 話し手: 芳賀衛さん
  • 聞き手: 代田七瀬
  • 聞いた日: 2011年7月9日
  • 002/101
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技術の習得と時代の変化 ?門前の小僧だったからな?

 アワビやウニを採る技術は、小さい頃から親父といっしょにな、小舟に乗って、どう採ればいいかわかるし。門前の小僧習わぬ経を読むってな(笑)吉里吉里の地元の人間なら、だいたいできる。まぁ、たくさん採れるかは腕の差だな。俺か?腕はあんまりよくない(笑)でも、楽しいじゃん。楽しみながらやってるの。

 最初に行ったのは小学校かなぁ。高校時代までだべ。新日鉄で働いている時も、休みがあえばね。採り方を忘れたりはしないよ。自転車の乗り方を覚えるのと同じなんだ。死ぬまで自転車に乗れるだろ。

 高校生までは、アワビでもウニでも、最低三人一組で行ったんだよ。ウニとかアワビは、海底の5mも10mも下の方にいるの。一人は櫓を漕ぐ人。一人は鏡、箱メガネみたいなのと長い竿で持って、先端に鉤がついていて、バンって弾いて海の中に落とすわけよ。竿は一本3m50くらいで、最高で5本つなげるんだ。だから重いよ。腕力ねば。だんだん海底が深くなるからな。すると、海底20mくらいかな。一本2万5千円だな。もう一人はタモってな、チョウチョを採るような網がついた。あれを海底に入れて鏡で採った人のを掬う。そうすれば、採る度に一回上に挙げる必要ないから楽なわけよ。長い竿だから。俺が拾う方の役目をやったりしてな。親父が鏡を覗いて採っているのを見てっから、「あー、こうしたら採れるな」ってわかるわけよ。自ずとして。

 今はさ、設備もよくなったんで一つの船に一人だ。みんな、いっぱい船が出んだもん。船外機、スラスターがあるからな。バッテリーで、前さ後ろさ行く。それでもって船を操りながら、自分で鏡見てかがんで、見つければ、長い竿を降ろして採るわけさ。口も足も手も使うの。仕組みが変わったんだよな。10年くらい前からだ。

 

定められた日、時間、量を守って ?震災がなければ、今のウニが一番?

 ウニとかアワビは養殖できないから、稚貝を放流すんだけども。三人で採っていた頃は、決められた量じゃなかった。腕次第。アワビもウニも。採る場所は、今の船で5分か10分いった所だ。場所によってさ、4月頃はこの辺がウニの実入りがいいよと。7月頃になるとこっちがいいとかあんのよ。4、5、6月と、岸から離れた方にずれていくんだ。そっちの方が深いんだ。親父から教わってきて、あ、なるほどなと。ま、でもみんなで情報交換もするからな。

 今は、アワビはいつも採られるわけでねぇの。口開けがあんの。アワビは11月から1月だ。漁協で、明日アワビの口開けをします、出漁してもいいですよと。操業時間も決められてんのさ。午前7時から10時までとかさ。

 ウニもそうだよ。ウニは4月から7月な。一週間に月と木。日の出から午前7時まで。ただし、決められたかごがあんの。一杯だけとかな。腕が良ければ、5時とか6時にいっぱいになって。俺ゃあもう、ぎりぎりいっぱいまで。「おーい、7時だぞ!」って言われんの(笑)だから腕が良くて、早くいいウニが採れると儲かるの。箱いっぱいにならない時もあるからな。一個か二個ってこともあるし。あー今日だめだって思ったら帰ってくるのさ。

 アワビみたいにさ、日和をみて、凪がいい時揚げるというのとは違うんだよな。ウニは決まった日だから、雨が降る時もあるし、波の時もあるし、時化(しけ)があったり、海中の透明度がよくなかったり。震災がなければ、今ウニだ。今のウニが一番おいしいんだよ。

 ウニは箱で、作業場に持って来て剥いて、実洗って綺麗にして売るんだ。品質が厳しいから、水温10度以下に保って持って来いと。持ってきて、「衛さん、水温高いよ。もうちょっと下げて。」っていわれる場合もあるわけよ。鮮度を保つためね、自分の家の冷凍庫に海水を汲んできて、凍らせて、凍ったのを船に持って行って。だから、手がかかるんだよすごく。集荷は11時までだ。業者が取りにくるから。箱一杯でだいだい5キロ?6キロくらいになるかな。一キロ9,000?一万円だ。アワビは手がかかんないんだよな。採ればそのまますぐ集荷だからな。

 子どもの頃よりは、ウニも採れなくなったな。でもあの頃はさ、サケマスとかさ、サンマとかさ、大型漁船に乗っている人の方が多かったんだよ。

 

帆待ち銭 ?へそくりって、方言でなんて言うか知ってるか??

 東京ではさ、へそくりあるだろ。ここでは何で言うか知ってるか、方言で。教えるか。帆待ち銭。なんだかわかるか?

 昔の船は、帆で走ったべ。風で。風がない時は船が走らないから、風を待つわけよ。これはもう、自然の条件で航海ができないから、本来なら航海していないから一銭もあげなくてもいいんだけども、お前たちも大変だろうから、何銭かあげると。一銭でも二銭でも。それを貯めといて、無駄に使うなと。へそくりとして持って、何かの時の為に使えと。まさに、帆を待つことで頂戴したお金がへそくりになるんだ。

高台から吉里吉里を見守る前川善兵衛代々の墓

 帆待ち船の語源は、前川善兵衛さんだという話があるんだ。1600年代におった人で、彼は三陸の海産物の行商の先駆者だな。干しアワビとか、三陸の俵物をな、関西、関東方面に千石船を駆使して運んだと言われ、西の紀伊国屋文左衛門、東の前川善兵衛と言われたんだ。財力があったのさ。そして、人を大事にした。そういう風土が、吉里吉里に根付いてるっていう人もあんの。

 

願うこと ?海の底を見てみたい?

 海もさ、復活して欲しいし。なんたって1次産業がここはやっぱり海なんだから。それなかったら、景気がよくなんないからさ。明るくならないからな。海を復活させて、若い人たちがな、やっぱり早く収入を得られるようにしていかなくちゃな。

 俺は、そうだな。海の底を見てみたい。箱メガネでな。早く。どうなってっか。どんな状況かな。遺体がいるかもわかんねぇな…。だけど、ウニがちゃんと生きてるかってな。

 

【プロフィール】

話し手:芳賀衛さん

新日本製鐵株式会社釜石製鉄所退職後、港の安全保安要員をしながら地元で漁に携わっている。吉里吉里では、消防団の分団長、町内会長、中学のPTA会長等をされてきた。現在も吉里吉里公民館運営審議委員長や吉里吉里鹿子踊りの会長を務められている。

聞き手:代田七瀬

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス研究所上席所員(訪問)

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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