東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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  • 話し手: 前川成江さん
  • 聞き手: 高橋あゆみ
  • 聞いた日: 2011年7月31日
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 私は前川成江(まえかわまさえ)です。昭和22年1月24日に吉里吉里で生まれて、吉里吉里で育ちました。学生時代は東京に出ましたが、昭和46年に吉里吉里に帰ってきてからはずっとこちらにいます。今は夫と2人で住んでおりますが、それぞれ大阪と千葉に娘と息子がおります。3年ほど早く退職しましたが、ずっと助産師の仕事をしておりました。現在、吉里吉里地区の婦人会の会長をしています。

 

震災という非日常から見える吉里吉里の人々の繋がり

 地震が起きて、車も置いて、携帯とトランジスタラジオとお財布だけ持って走りました。しばらく大きな給湯器とかが揺れてたから、抑えたりして転ばないようにしてたんだけれども…もしかしてこれって大変なことなんじゃないかなって気付いて、高台の小学校に走りました。結局、うちはね、全壊。全部流されました。郵便局の隣だったんだけれど、郵便局も無い。何もない、あそこには。何も残っていなかった。

 私、婦人会の会長をしているんですね。やっぱり婦人会っていう立場もあって、いつもは警報が出たりすると、来る訳ないぞっと思っても、デモンストレーションみたいに率先して、学校に行こう行こうって皆をね、先導して逃げる格好をしてたんです。今回もそんなんでいいかなって思って、何も持たないで逃げたんですね。でもこの震災があった。

 幸いなことに家族は誰も失いませんでした。ただね、ちょっと思ってることがあるんです。私は看護師、助産師の仕事をしていたんですけれども、退職してから去年までずっと寝たきりの夫の母を家で介護していたんです。去年の3月に亡くなったんだけれど、もし、あのままおばあちゃんを看ていれば、私も亡くなってたかもしれないなって…。

避難所の吉祥寺で、看護師の経験を活かし住民の健康面をサポート

 私はこんな時の為に婦人会をやってたんじゃなかったのかな、手伝いしなくちゃって思って、次の日に私が一番最初に避難したお寺さんに恐る恐る行ってみたら、皆炊き出ししてましてね。それで、婦人会として参加した訳ではないんだけれど、婦人会員だったお母さんたちと一緒に50日くらいお手伝いしてきました。私も看護婦さんになってしまってね。まかないと一緒にお勤めさせて頂きました。他の人も、明日から委員を作ってこう運営していこうって避難所で組み分けをした時に、自分に出来るところは手を挙げて。私は保健面のところで『ここだったら出来ます』って手をあげて、保健の係にして頂いたんです。皆、自分で出来る事をしなくちゃっていう気持ちがありましたよね。

 津波の被害にあわなくて大概の家が無事だった4丁目の人達は、被災にあった人達を受け入れていました。だから4丁目の班長さん達はどの家に誰が何人いるかを、全部把握して救援物資を渡して歩きました。救援物資が来るまでにはやっぱり2日間くらいかかりましてね。その間はお寺さんと吉里吉里4丁目の町内会の人達が、自分たちの家にあるお米を出してあるだけのおにぎり握って、あっちにもこっちにもって全部に配達してくれました。あと3軒くらいのお魚屋さんがね、電気が来なくて冷蔵庫がダメになっちゃったから、ダメになる前にこれ食べてって持って来てくれたの。そうこうしてるうちに自衛隊がお水を持って来てくれてね。繋がりました。ひもじい思い、しなかった。すばらしいでしょう、吉里吉里は。それはね、いつも日頃からお付き合いしてるから、ほとんど知らない人はいないっていう感じで、いつもの世帯構成もきちっと把握してるから出来ることよね。助け合うんです。老人ケアセンターも2つあるんだけれど、そこのスタッフは自宅にいた老人たちが避難して来た後も何度も見に来てくれて、これはまずいなって思う人は施設に連れて行ってくれて、ちゃんとしてくれてました。

 お寺さんは無傷だったから、お骨とかもどんどん上がってきたんです。和尚さんはね、宗派を問わず、きたお骨は全部預かって下さったの。そして49日の法要は私たちが手伝っていた50日の間に行われました。その時は避難している人たち皆が、お寺を草とって掃除して全部きれいにして迎えてね。大変だったかもしれないけどね、皆、こんな一世一代の、歴史的なお葬儀に参加させて頂いて嬉しいことだよねって言うんです。本当に、嫌だと思わないでやろうねって。朝早くから色々手伝いしてね。和尚さんもね、お寺さんにいる避難者達も全部参加させてくれた。ちょっと感動的な49日でしたよ。あと、お寺で卒業式した子もいました。お寺さんに大槌の学校に行ってた卒業生がいて、先生が学校から証書持って来てくれたの。避難所から皆で送ってねぇ。盛岡のほうへ旅立っていきました。他には高校が始まってしまった子もいたから、私、孫に作るような感じで1週間くらいお弁当作って持たしてやりました。その子もおばあちゃんが見つからなくてね、未だに見つからないんだけど…。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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