東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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  • 話し手: 前川成江さん
  • 聞き手: 高橋あゆみ
  • 聞いた日: 2011年7月31日
  • 008/101
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時代と共に変わるもの、残したいもの

今年もね、あと1週間したらわかめの収穫が始まる時期だったんですよ。始まってたら、もっと被害は大きかったかもしれないから、良かったのかもしれないけれど…ワカメの棚は全部流れてしまった。わかめとホタテは本当においしくてね、自慢だったんですよ。また再生したら是非食べて下さい。でも、吉里吉里ではお勤めが多くなっていて漁業者が随分減っているんです。これでまた減るよね。立ち直すには3, 4年かかるらしいし、年取ってる人が多いから、ここで止めたいって思ってる人もやっぱりいる。私が子供の頃はね、天然ものを獲ることしかなかったから、養殖はなかったの。スルメがたくさん取れて、イカを干したり伸ばしたりする作業は漁業関係の一家全員でやってたと思います。育てる漁業は何十年か前からですね。

 東京と違って、吉里吉里で各家庭はほとんど鍵開けっ放しだったんですね。戸を開けておくと、お野菜とか、山菜とかを置いていってくれてたり、冷蔵庫の中に魚が入ってたりするくらいオープンだったんですよ。遠洋に行ってた人が魚を持って来てくれたりとか。皆知ってる人ですから。でもここ5年くらいかな、鍵閉めなくちゃいけないって言われるようになったのは。

 婦人会も50年も前から続いているんです。私のかあさんたちも婦人会の会長だったりしてね。昔は情報を得られなかったから、皆婦人会を頼りにしてて。旅行とか、研修、料理教室、生活改善のこと、習い事とかも、全部婦人会が主催してやっていたんです。まぁ、以前は全戸加入制で700人もいた会員はどんどん減って、今では約400人くらいなんですけれどね。それでもずっと繋がってきたんです。吉里吉里婦人会の中には地域係と漁協係の2つの係があります。地域の係は学校の行事に来賓として呼ばれたり、交通安全週間に声掛けしたり、全国の婦人会から来た連絡を皆に広めたり。漁協の係は漁業協同組合からの要請で救命胴衣の促進のPRをしたり、海に害の無い石鹸とかが全国の漁協から来た時に販売したりする。お祭りの役員になったり、お寺の護持会の役員になってたり、警察の連絡協議会の会員だったり、町にある各種団体の中の会合の時の一員に参加させて頂いているの。そうそう、ここのお祭りはね、丁目毎に屋台作って、それぞれの丁目の人達が小踊りを5曲くらい覚えて踊って見せて歩くんです。1週間、19時から21時まで練習して、当日は朝の8時から16時くらいまでずっと歩いて回る。私も毎年でているし、かあさんたちも皆出るんだけれど、若い人達はなかなか出ないからねぇ。

今は情報も手に入れやすいし、ほとんどの人がお勤めしてるし、若い人はご近所付き合いしたくないとか、無縁社会を望む人が多いでしょう。私は退職してるから、今は婦人会の仕事してますけれど、勤務している時は婦人会行事はお願いばっかりしてましたから。お勤めしてると行事参加は難しいのは解るんです。でも、普段の時は何でもなくても、こういう災害が起きた時にね、やっぱり組織がなくちゃいけないんじゃないかなって。存続させなくちゃって思うんです。実はこの津波でね、預かっていた50年も歴史のある婦人会の資料も全部流れてしまって。その悔いが残ってるんです、私。後で取りにくれば良いと思ってたから。

 

常に、前向きであれ

 婦人会は、資料も失くしてしまってね、これからどうしてったらいいのかな、ってちょっと思います。出来る事をしたいんですけれどね。3丁目は150軒くらい住宅があったんだけれど、今は在宅してる人は50軒くらいしかないし、お家があっても仮設に行ってる人、花巻の方に行ってる人もいて。仮設が出来て順次帰って来てるとは思うけれど、仮設だって3丁目じゃなくて4丁目になってしまったから、どうなるのかなって思います。会はあった方がいいと思うんだけれど、どういう形がいいのかなって色々考えて悩みますね。

 でも、私、自分は超前向きって思ってるんです。自分で自分を褒めるくらい。暗くなったりしない。それは基本的に常にお役にたちたいっていう気持ちがあって、あとちょっとくらい無理しても出来る事はするっていう気持ちがあるからかしら。そういう気持ちでいることって大事なんじゃないかと思うんです。でもこういう奉仕の気持ちっていうのは、他人から言われてするんじゃなくて、自分から。これはね、私は母さんに教えられたと思ってます。だって母さんと同じ通りになってるもの。言われた通りにする訳じゃないけど、そうしている。私の母も助産師で、私の娘も助産師なんですけれどね、私の子供も私を見て、そうなって欲しいと思ってます。そうやって繋がっていく。

 吉里吉里の人達もね、皆元の所に家を建てたいって思ってるんじゃないかと思います。でも、何にも建物がなくなったら、海がこんなに近かったんだ、怖いなって思う。それでも嫌いになった人はいないんですよ、海を。一日も早く漁に行きたいって言う人もいる。皆好きなんでしょう、海が。

復興支援への感謝の気持ちがこめられた看板

 それに今は、誰かにお礼をしたい気持ちでいっぱいですよ。吉里吉里の人達は多分みんなそう思ってると思います。こんなにいっぱい助けて頂いて。だから出来る事をする。家の前にね、お父さんと2人で感謝の看板を立てたんです。『ありがとうございます。私たちは忘れません』ってね。すぐ復興するような気がします、吉里吉里は。皆前向きだもの。助け合って。外から来た人達もね、私たちが頑張ってる姿を見て、元気を貰えるって言うんですよ。励まされましたって。これからも頑張ります。復興のために。

 

【プロフィール】

話し手:前川成江さん

昭和22年1月24日、吉里吉里に生まれる。学生時代に東京に出たが昭和46年に帰郷。以後吉里吉里に住み続ける。助産師の仕事を続けながら出産・育児・介護を行う。自身は2人姉妹の長女、現在は夫との2人暮らし。大阪・千葉にそれぞれ長女(37)と長男(36)がいる4人家族。

聞き手:高橋あゆみ

国連大学高等研究所 プログラムサポートアシスタント

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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