東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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絆が支えた被災者支援

日常交流の意義深さ

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  • 話し手: 前川笙子さん
  • 聞き手: 三原岳
  • 聞いた日: 2011年7月31日
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連携を取って被災者支援―吉祥寺での住民協力

 一夜明けて被害を見てびっくりしました。お寺さんの奥さんと二人で朝ご飯炊いて。あのお寺さんにはみんな命助けてもらいました。お米も「なんぼでもあるから」って全部出して貰って。三陸園(=特別養護老人ホーム)さとか小学校さとかに避難している人達にも握ったのを分けて運んでました。私も家は嫁さん任せて、とにかく朝から晩までお寺さん行って。吉里吉里は町内会がしっかりしてあるんで、色んなことがあっても連携は取れたと思うんですよね。4丁目は全然流されてないから、一人一人できる範囲で関わってお手伝いはしてきたと思います。看護婦さんした人は保健担当とか。あとは炊事担当、お掃除担当とか。みんなそういうのを全部割り振りして、そう言われた人は絶対責任持ってやってくれたった。取材する人、尋ね人も勝手に入らないように受付を置いて、必ず通して出入りするようにやってましたっけ。必ず反省会がありました。朝と夜はミーティング。避難者の方達はやってましたし、私達も炊事班で。民生委員やってても、炊事の方に入ってしまえば全然動けないから。とにかく私はあそこの場所にいなきゃなくて。地区の役員の人達から情報を貰ったり、「ここの家に独りだけいるから行って見て来てください」ってお願いして安否確認やってました。だから、本当にやっぱりね、地域が一つになってるっていうのは本当に大事なことなんだなって、つくづくそう思いましたね。積み重ねですよね。避難者は最初130人から140人くらいだったんじゃないですかね。小学校に避難所ができた時に合流しました。

 吉里吉里では行事が多いです。草刈りとか今は1ヵ月に1回あるし、女の人達がやれないような土手の草刈りとか、下水を上げたりをっていうのは男の人達が出て。海岸掃除は1年に1回。あとは「火の用心」のパレード。春と秋の2回、日曜日の昼に消防車1台借りて来て、消防車が先頭になって、子ども達も大人も全部。ずっと線路の上から全部端から端まで回るんです、旗のぼり持って。昔の拍子木、寄付かなんかで貰ったのを。「マッチ一本」とか、標語を子ども達が作ったり連呼しながら。

10月に行われた吉里吉里小学校の運動会

 大きい行事は各町内会に振り分けです。参加人数とかっても、パーセントで出すんですよ。毎年10月運動会とか。小学校は小学校、中学校は中学校で運動会あるんですけど、吉里吉里全部で始めた最初の動機っていうのは、やっぱり全部が一つになることってあんまりないので、手段として運動会をやり始めたったっては聞きました。運動会は町内会単位の対抗戦。かけっこ、玉入れもあります。ボール運びとか綱引きとか。世代年代ごとリレーね。大人も年代ごとに。前は60代も一人ぐらいは走っちゃったけど、段々「無理だね」っていうことになって50代まで。年寄りも「オールドパワー賞」とか。昼までで終わって、町内会で分かれて盛大な反省会します。飲み会です。早く反省会したいから、早く終わって。そっちのほうが盛んで(笑)。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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