東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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一緒にいる人を安心させる、太陽のような人。

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  • 話し手: 村田幸子さん
  • 聞き手: 高附彩
  • 聞いた日: 2011年7月30日
  • 012/101
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これからどうしていこうか

妹夫婦に対しては何で?と思ってしまう。最初のうちはただただ悲しかったけれど、近頃は怒りというか、助かったのにね、逃げれば助かったのにね、と思ってしまいます。妹は一番頼りにしていたし優しかったし、手足をもがれた以上に辛い。親も涙を見せないようにして、私に心配をかけないように歯を食いしばっているんだろうな、と思う。息子は本当に頼りになる、夫がいないときにこんなことがおきたから、男の人は本当に頼りになるということを実感しました。息子がいるだけでも安心、仕事で夫がいなくても、息子も自分は長男だから皆を見守る責任があるって言いますもんね。

 

でも、自然に人間は勝てない、ということをとても思いました。勝てないのかな、と思ってですね。子供や孫に伝えなきゃいけないことは、何をおいても逃げることだと思います。そういうことを私もお祖母ちゃんから準備をしておきなさいと聞いてきてました。きちんと着る順番にたたんで枕元に置いて寝るんだよ、いつ何が起きてもいいように準備をしておくんだよと言われてきたんです。大きい地震がきたら津波がくるから高いところに逃げるんだよ、と伝えられてきた。山の上に逃げなきゃだめだよ、ということを伝えていくことは私達の義務だと思う。

 

食べることは一生懸命助けてもらったけれど、生きていく糧というか生活をしていくために何をするのか、子供達が今後どうしていくのか、それを助けてあげたい。災害で子供が伸びないということがないようにしたい。私達というよりも、子供達やお年寄りを守ってほしいというか助けてほしいと言い続けている。あとは、若い人たちの働くところ。自分の子供達も今回の津波で仕事を失ってしまった。今は役場で臨時の仕事をもらっているけれど、今後内陸のほうに行かなければいけないと言っている。将来のことを考えると若者が居つく街でないといけない。後継者がいない、主流で働いているのが70代になってきてしまっている。三陸のわかめはブランドになっているけれど、私達にはどうすることもできない難しい問題がある。

 

街自身の復興にあたっては、今までの延長で、このままの気持ちで復興をしていくべきだと思う。日本人の心が吉里吉里にはあると思う。ここの良さも悪さも見ていけるし、良い部分を伝承していければと思っている。損得だけではなく人と分け合っていこうという気持ちがあるのでお隣さんと冷蔵庫の電気を共有したり。親の背中を見て育ったから自分もそうしよう、子供達もそうしよう、という気持ちが伝わってくるものだと思う。人のために、というおごりではないけれど、そういう気持ちでいられればいいと思っている。

人に関心を持ちすぎる、という部分もあるけれど、それが結びつきという形ですしね。

 

人間というのはやっぱり強いなーと思います。こんだけのことがあっても、頑張りますもんね。生きていくっていう。私はよく「どさん子」という言葉を使うんですけど、私達は南の人間と違ってどさん子だから強いんだよ、って言ってからですね。粘り強いから頑張るんだよ、って言ってからですね。私の父親が、泣いて暮らすも一生、笑って暮らすも一生、どっちがいい?って言うんです。笑って暮らすほうがいいよね、って言って暮らすことで私達も元気が出るというか、ここよりももっと前向きにいけるんだろうって。泣いてても始まらないよって、皆で助け合って頑張っていくんだな、って思います。新聞を読んでいたら、困難は人間にだけ与えられたものだって書いてあった。なぜかというとそれを克服できるから。なるほど、と思いました。それができる土地柄だとも思っています。

 

それから、今回の震災と津波で大切なものを失ったけれど、親子愛だったり家族愛だったり、人として一番大切なものは何なのかということを気付かせてくれるような震災だったんじゃないかな、と、時間が経った今、思うようになりました。

 

【プロフィール】

話し手:村田幸子さん

三人姉妹の長女として、「いたこ屋」の屋号のもとに生まれる。当時商船で働いていた旦那様のもとに嫁いで14年間宮崎に住み、その後吉里吉里に戻って、お母様、だんな様、長男と長女とご一緒に、周りを幸せにしている。

聞き手:高附彩

国連大学高等研究所 SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ事務局 プログラム オフィサー



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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