東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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肝っ玉母ちゃん、吉里吉里に生きる

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  • 話し手: 小笠原広美さん
  • 聞き手: 簑原茜
  • 聞いた日: 2011年7月30日
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一家の大黒柱として

小笠原広美(おがさわらひろみ)です。歳は、なんと昨日37になりました。今は実家にいるんです。もともと実家にいたので。家のほうはなんともなかったんですよ。なのでここに来るのもなんだか申し訳なかったんですけど。

高校入ったときから消防士になるっていう息子は盛岡の専門学校のほうに出して、トリマーを目指している娘は今釜石の高校2年生です。家には母がいて、兄が自宅のすぐ近くに自動車の整備工場があるんですけどそこに勤めています。昔はうちの父が船乗りで、船だけではもう生活できないっていうんで、東京のほうに仕事に行っています。

仕事のほうは完全に流されてしまって・・・山田町なんです。すぐ後ろが海なんですよ。ほんと目の前で。今は休職中で、お店をやってるんですけど全壊で。根こそぎ土台だけで。

地震の日、たまたま息子の友達が、卒業式も終わったしみんな別れ別れになるからって遊びにきていたらしいんですよ。だから津波のあと、もう帰れないので、一週間ぐらい息子の同級生も5人ぐらい預かって。娘も釜石から歩いて帰ってくるときに、一緒に学校に行ってる友達を連れてきたので、子供が6人ぐらい増えちゃって(笑)。逆にそれがあったから、しっかりしなきゃいけないなっていうのがあって。まあこっちが助けられたようなところもありますけれど、子供たちに。

 

他人がいない街、吉里吉里

私はずっとここなので、小さい頃からみんなが知ってる人たちっていうか。この吉里吉里地区の運動会があったりとか、顔見ても、吉里吉里の人だよね、何丁目の人だよね、って人の名前を知らなくても分かる。誰に会っても声かけてくれるし、こっちからも声かけるし、子供たち見てもどこの子か分かるっていう、あれはどこの何とかさんの息子だよとか、何とかさんちの孫とか。

幼稚園も一緒、小学校も中学校も、はたまた高校まで一緒っていう人も・・・。同級生はそうなんですよ。小学校も1つ、中学校も1つ、保育園が2つあるんです。でも、結局小学校で一緒になるから。高校も同じ高校に行けば、十何年って一緒にいる。地元の友達っていうか、友達が幼なじみなんですよね。保育園の頃から一緒にいる人たちばかりなので。だからお互い助け合うっていうのができるんだと思うんですけどね。

大槌もみんな町内なんですけど、なんか違うっていうか、大槌の人が見ても、吉里吉里は違うって。吉里吉里の人が見ても、大槌はちょっと違うっていうのがあって。まあ「吉里吉里王国だから」ってことをよく言われるんですけど(笑)。「吉里吉里人」って何でそんなもの作ったのって思ってましたけどね。馬鹿にされてるような気がしてたんですよ、ちっちゃい頃は。何かこう、ヘンじゃないですか、一般的に考えて(笑)。何が吉里吉里国?みたいな、なんで大人はそんな恥ずかしいことするんだろうって思ってたんですけど、でも今になってみれば、それはそれでありだったのかなって色々考えたりするんですけど。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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