東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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吉里吉里で大工50年

大工さんはなっでもする

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  • 話し手: 倉本方紀さん
  • 聞き手: 福島空
  • 聞いた日: 2011年7月10日
  • 015/101
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大工として独立

45年に独立。その年に2棟やったったな。頼まれたのは、親戚だから。

壁屋さんでもね、屋根屋さんでもね、結構いるから、電気屋さんね、建具屋さんとかと一緒に仕事をやるんだね。大工さんは大体5人ぐらいだな。あんまりいっぱいいてもね。忙しい時はそれ以上になるけども。1棟だればやはり4、5人だね。工期は大体3ヶ月だな。昔でば住んでるお家をほぐして、建てたわけだ。材の再利用は、あんまり使わなかったな。昔は使ったけどね。弟子当時は使ったね、やっぱり。剥いだ板(えだ)をまたつかったりね。刻み直したりもする、んでもそのまま使うのがよけいだな。

大工をやってて良いのは、仕上がったときだな。あどは喜ばれることだな。大変なことは、今度の場合、物が入ってこないとかね。合わない時は、大工さんだからね、帳尻合わせるわけだ。

 

熟練大工は「間違いない」

ハウスメーカーだからね、今ね。大工さんは減ってるね。自分たちはいまでも組んだりしてる。材を木材屋さんから買ってくんの、それをまづ墨をつけて、刻んでいくの。今ほとんどプレカットって、ほれ、それは、やんないから。大工仲間は4、5人いだの。いま、だいたいハ、歳とってな、60過ぎたなみんなな。仕事は間違いないな。

 

大工さんの遠征

遠くは横浜まで行っできだな。もともと大槌の人だったからね、横浜に住んで、そこに頼まれて。遠くはね。あとは仙台ハいったね、塩竃だの花巻、水沢。5、6件やったな、遠くはね。たまにゃいんだ。ハッハッハ! しばらく行ったっきり。大工さんでも料理好きな大工さんもいっからね。おひるはローソンだね。夜はコレ(酒)だから。

 

震災の被害

けっこう自分が建てたお家は流されだ。うん。亡ぐなったぁ人もいるしね。…ハーーッ。

作業場は流されて、あと、道具はみんな流されて。機械もね。道具はいま少しずつ揃えてる。いま作業場をそこさ建ででたのね。作業場がなくて仕事になんね。

山田の方から、船越の方からも来てる大工さんも二人いっからね、その一人は大丈夫だども、一人は家を流されて、いま避難所にいんだ。そこから通っていま働いてもらってんの。

 

震災後の仕事

いま頼まれたのもやってけども、契約も間に合わねえ、一緒に頼まれるからね。大工さんも少ないからね。いま、頼まれんのは、直すとこね。柱がなくてもいいわけなの、柱がなくなったとこを別に入れ替えして。大工さんだから。ギリギリって上げて、柱を抜いて、新しいのを入れる。まわりのを上げて、ここさ新しいのを入れ替えさするわけだ。土台がなんともなくて、柱ばり壊れたときはそうするわけだ、まあ修理は柱ばりだったな。柱が折れちゃう、物が当たって。結局、柱がなくなるぐらいだから壁も、流し、風呂もあれだ。それでも建て替えよりはいんだね。

津波はこわいっつか、たまげだな。あとは今の状態では、規制で建てていいか悪いか、まだはっきりしてないからね。だから大変だよ。まだ、この瓦礫がなくなんねえうちはな。んでも結構片付いた、ボランティアだの自衛隊だの。早く元通りになればね、いいね。津波がまたくるとは思いたくねえな。思うと何もしたくなんねしね。

いや、大変だな。

 

【プロフィール】

話し手:倉本方紀さん

生まれも育ちも吉里吉里。子どもの頃からのお父さんの願いもあって、中学卒業後すぐに大工を目指して5年間の修行。師匠上がり(独立)をしてから50年以上のベテラン大工。いまも木材を刻むところからの家作りをしている。

聞き手:福島空

東京農業大学農山村支援センター 学術研究員

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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