東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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子どもたちと共に乗り越えた日々

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  • 話し手: 芳賀真由美さん
  • 聞き手: 代田七瀬
  • 聞いた日: 2011年7月30日
  • 019/101
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子どもたち全員の安否確認―毎日が涙の対面でした

 子どもを迎えに来られなかった親もいたんで、2日目は吉里吉里のもう一つの保育園の堤保育園に小さい子は移動していいですよってことで、移動して一晩明かしました。

 子どもって泣かなかったんですよ。電気もないんだけど、途中で目が覚めても担任の顔があって、安心してまた眠って。おむつや着替えや飴は持っていたから、それで空腹をしのいだりして。高校の先生とか役場職員とか、職場から離れられない親は、面会に来て、また迎えに来るからねって言って職場に戻らなくてはいけなくて。でも子どももね、ぐっとがまんしてね。

 そして、残っていた子を全員親元に帰したので、私たち職員も3日目の午前中には解散したんです。それぞれ家や家族の心配もあって。

 それから、私たちは子どもたち全員の安否確認に歩いたんですよ。地震の前に家に帰った子や、小学校に迎えにきて帰った人たちの安否確認。途中で被災してないかとか。電話もつながってなかったから、歩きましたよ。まず避難所に行って、避難所には張り紙で誰がいるとか名前が書いてあったのでチェックして。

 そして、吉里吉里小学校にも、吉里吉里保育園はどこどこにいますって張り紙をして。そうすると、大丈夫だったよって保護者が言いに来たりとか。毎日が涙の対面でした。

 

保育園の再開を決意して―「4月18日から民家を借りて保育を行います」

 保育園が全壊してしまったけど、なんとか立ちあげないとって思いました。子どもたちも大切ですし、保護者にも「待ってるからね」って一言もいただいたし。私たちも被災して、ここで終わりになるのはあまりにも悲しすぎる、むなしいですよ。先生たちもいい人なので、なんとかこの人たちと共にまた進んでいきたいなと思ったし。

 でも場所がなかったんですよ。私たちは、瓦礫の保育園から子どものユニホームとか教材で使えるものとかを拾って、川の湧水が溜まっている所で洗濯をしたり。雪が降ってて寒かったんですよ。

 そして、私は私の実家に子どもたちと主人といたけど、主人のおじいちゃんおばあちゃんは、おじいちゃんの兄弟の家が一軒空いてたので、それを借りて住んだんです。そしたら主人が、「じいちゃんとばあちゃんには二階に寝てもらって、下を保育園の場所にして、保育園やろう!」って言ってくれたんですよ。座敷二間を、6畳と8畳間を。

 そして即座に、大槌高校の避難所に張り紙を張りに行ったんです。「吉里吉里保育園、4月18日から、民家を借りて保育を行います」って。子どもたちのお母さんにも電話しました。吉里吉里小学校の近くの長屋を借りて事務所にして、拾った荷物とかもそこに置いて、保育を再開したんですよ。

 

再開された保育園―保育園というよりも大家族になったような

 再開した保育園は、10人来ればいいと思ったら、30人近く集まってくれて。23年度は54名でスタートする予定だったので。でも、お昼寝するにも布団もびちびちで。

 そして、給食もすぐ提供できたんですよ。保育園を開いた家の近くに、給食担当の方の家があったので、そこで給食を作って、給食は給食の先生の所にご飯を食べに行ようにして。子どもたちも即座に順応して。

 1カ月ぶりの子どもたちの対面でした。遊ぶ場もなかったけど、それなりに外を散歩したり、中で静かにブロックで遊んだり。子どもたちが来てくれて、保育園というよりも大家族になったような。

 その後、避難所になっていた吉祥寺(きっしょうじ)というお寺も空いたんです。吉祥寺さんの隣に通夜会館があるんですけど、そこを借りられることになって、一軒家から吉祥寺さんの会館に保育園を移して、現在もやってるんですよ。食事は、子どもたちも正座して食べています。

 移ったのは、5月9日。だから、一軒家で保育をしたのは2週間くらいになるんです。主人にも感謝、じいちゃんばあちゃんにも感謝です。そして今は、私も実家からその一軒家に移って、主人の両親と一緒に同居してるんです。やっぱり嫁いだので、また嫁ぎ先に。

8月に仮設の園舎がオープン

 保育園の仮設は8月12日に完成予定です。ユニセフさんが、建ててくれることになって。他にも、友人や同級生、全国のいろんな人が物資や義援金などで、援助してくれました。もちろん、いい話ばかりではないけれど、人のありがたみもわかりました。

 職員は仲間という感じなんです。歳は離れてますけどね(笑)。誰も辞めますって言う人いなかったんですよ。現在は職員10名でやっています。

 

吉里吉里保育園はこんなところ―1年があっという間に過ぎる

 被災する前の吉里吉里保育園は、朝の7時から夜の7時までやっていました。子どもは0歳から6歳まで預かります。

 月に一回、年長児だけですが、お茶のお稽古をしていました。それからはだし保育をやっていたので、普段はみんなはだしなんです。運動会もはだし、園庭もはだしで遊んで。はだしは健康にいいって。運動会も、親子で楽しむはだし運動会がテーマで、なんかほんわかしてるんです。

 行事は、4月は入園式、5月はこいのぼり。子どもの日のお祝いで、男の子のお祝いをするし、7月は七夕会、織姫様彦星様の話をしたり。あとゆうすずみ会っていって、お楽しみ縁日みたいなことをしたり。8月には年長児だけのお楽しみ会を設けて、きもだめしみたいなのとかね。6月にははだし運動会。10月は親子の遠足。11月には勤労感謝訪問で、地域の人たちにお仕事ご苦労様ってまわります。12月はクリスマス会。私はサンタになりますよ。1月はみずき団子作りっていって、年長児のおばあちゃんたちにきてもらって、みずき団子を作って。12月はちゃんと杵と臼で餅つきをして、年末年始の休みに入るんですよ。2月は節分。私が鬼の役になって子どもたちをおどしたりとか。3月はお雛祭りや卒園式があって。だから、保育園にくると1日があっという間に過ぎる。1年もあっという間。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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