東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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海の恵みとともに

ウニの加工販売に生きた40年

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  • 話し手: 佐々木良子さん
  • 聞き手: 鈴木真理
  • 聞いた日: 2011年7月30日
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父の跡を継ぎ、母を支えて

 昭和27年12月3日、吉里吉里で生まれました。うちでは父親の代から、ここの海で獲れたものを加工してました。ウニつくってたんですよ。塩と焼きウニ。40年前に父が亡くなって、私がそのまま継いだような感じです。ここで獲れるものを加工して、釜石のほうで販売してたんだ。

 父が52歳で亡くなってから、うちの母親は体がずっと障害者だったもんで、私と妹が加工をやりました。妹が結婚して釜石に行ってからは、忙しいときに手伝いに来てもらいましたが、私ひとりでやってきました。規模的にはほとんど零細です。主人は別の仕事、漁業関係です。

 こないだまで母がいたんですけど、この1週間ぐらい前に亡くなったんですよ。母は93で、家いたとき元気だったんですけど、被災後盛岡の病院にヘリで搬送されて。あっちの病院や施設転々というか、だけどお薬がないので持病が悪化してしまって。しっかりしてるっていっても、うちの母親も、自分が飲んでる薬はわからなかったんだね。病気はわかっても。私らだったらまだ普段飲んでる薬、これとこれですって言うけど。家族がいればよかったんだけど、ついてないからね、どうしようもなかったですね。

 仮設の申し込みも3人だったんですよ。実際入るときはもう2人になっちゃいました。

 

加工場も、ウニの詰まった冷凍庫もすべて流された

 あの津波で、在庫品も冷凍庫も流しちゃった。まあ全部パーになっちゃって。それで売り物もなくなって。

 ウニは、これから1年2年、獲れる見込みがないんですよ。ここ復興が遅れて、海のほうにまだガレキが残ってて。今年はもうウニの漁も見込めないってことで、仕事もやめたんですね。うちはどっちか言うとここの物にこだわって地元のもの作ってたもんで。

 加工場と、あと冷凍庫と、おっきなのが2つ流出しましたからね。在庫がもうまるっきりなくなっちゃったんで。在庫がありゃ、残ってればね、まだ商売できたんだけど。

 まあ今度のことで、私もね、気持ちがついていかなくって、お客様にも連絡しないけど、お客様も心配して電話くださってね。毎年ね、盆、暮れとお使いものには、よく注文いただきましたからね。釜石の店から全国向けに発送もしていて、まあそんなにいっぱいじゃないけど、まあ固定客だけね。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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