東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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これからも、ずっと吉里吉里で…

大好きなソフトボールと孫とこの海と

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  • 話し手: 近藤欣彌さん
  • 聞き手: 中村会美子
  • 聞いた日: 2011年7月10日
  • 022/101

大事な家族。今は妻と犬と。

 近藤欣彌(こんどうきんや)です。68歳。昭和17年生まれ。誕生日は11月26日です。仕事は今は老人ホームの宿直と、民生委員をやっています。民生委員の活動は、この3月からは受け身の状態ですけどね。

 今は妻と2人で住んでいます。子供は男が3人いて、みんな独立して、仙台と盛岡と八戸に住んでいます。仙台の長男のところには3歳になる孫もいます。今回の大震災のあとは、家族がバラバラにいるわけですから、もちろん心配でしたよ。安否を知りたいのに、私のauの携帯がなかなかつながらなかったんです。1週間後には無事に連絡がとれて、幸い家族には被害はありませんでした。

 私の弟の1人は、今は吉里吉里の仮設が当たったんで、そちらに移動しましたね。その下の弟は釜石市内にいて被災にあったけど、今は仮設にいます。

 あと、私の大事な家族に、犬がいるんです。震災後は、次男の嫁さんの実家に預けてるから、離れ離れですけどね。もう、3ヵ月くらい会ってないかな。早く会いたいですよ。犬を飼い始めたいきさつは、長男が、結婚して7年程子供ができなかったんですね。俺たちに「孫代わりだ」って持ってきたんです。犬を飼うのは初めてだったもんですから、本をたくさん買って、いっぱい勉強しましたよ。今はもう、はなされないですよ(笑)。そして驚いたことに、その翌年に孫が生まれたんです。

 

3月11日

 3月11日の地震があった瞬間は、うちにいましたよ。午前中に、大槌町の体育館でソフトボールの練習をしてたんですよね。夜からは、いつも働いている老人ホームで宿直の予定だったので、うちでブラブラしてたんです。女房はちょっと外にいて、電話をしたら大槌の町から帰ってくる途中でした。うちにつくまでは、本当に心配でしたよね。そして、無事に帰ってきてからは、一緒にうちの中を片付けしてたんです。そうしたら、周りが津波だって騒ぎ始めて。必要なものだけとって、私は車を持って犬と、女房は歩いて、中学校の向かいにある老人ホームに逃げたんですね。この山の後ろの高台にあるんですけどね。そこからずっと見てたんです。最初は、すごいゆっくり波がきたんです。女房の車が、家の玄関から2階まで、波で少しずつ持ち上げられたのを見ました。記憶ははっきりはしていませんが、2波目だったと思います。

 よく覚えていますよ。震災の当日はかなり寒かったんです。雪が降っていましたね。しんしんと。地震の後の3日間はね、車の中で犬と一緒に過ごしたんです。女房はケガもなく無事だったので、震災の翌日には、避難所に移りました。私は、元々勤めていた老人ホームでお手伝いをしながら、1ヵ月近くはそういう暮らしをしてましたね。4月には水も、電気も来るようになったのでね。老人ホームも落ち着いてきたので、安心して女房のいる避難所さ移りました。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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