東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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麦畑越しにあった海

津波がきたら逃げるのさ

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  • 話し手: 倉本俊博さん
  • 聞き手: 西田一平太
  • 聞いた日: 2011年7月31日
  • 023/101
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麦畑越しにあった海

 うちの去年死んだおふくろ、俺が何歳のときかな。昭和8年の津波で波と一緒に走って逃げて助かったようだがね。あと、そのあとに、たしか小学校のときに来たのがチリかな。それで同級生で1人か2人、被災したったかな。あんときもすげえ揺れだったな。それでも俺、津波って見たことないんだよ。というのは、うちはこの避難所の校庭のすぐ下なんだもの。周りは全部、麦畑だったからさ。吉里吉里みたいな狭い地域でも海っていうのはずーっと遠いものだと思ったけどもさ。ただ、おらが大人になって漁協に勤めてから海は身近なものになったんだけどさ。それまでっていうのは、海っていうのは面白くねえっからさ、何もねえんだもの。

 俺がね、小学校何年生のときだったかな。麦畑が宅地化されたの。うちの周りに1軒か2軒あったったべな。だから、それまでは2丁目の神社側に出るときには麦畑越えてかなきゃなんない。道路もねえんだもん。このまっすぐな国道が昭和46年に出来るまでっていうのは、ここの後ろを通ってる県道がずーっと奥さ入ってくるからさ。その時分は、このへんの間は全部、麦畑さ。よく、家建てたもんだわね。

 海が近いっていうの、こんながらっとなくなって、初めてわかった。1分で海さ行けるような気がするね。何もなくなったっけね。ここは高台だから海が見えるんだども、ここから一段下がったうちのほうからは見えねえんだもん。だから、今度の津波は油断もいろいろあれども、波も見えなかったんでねえの。津波の波が。

 

津波が来たら逃げるのさ

 うちは、ここの避難所のすぐ下なのさ。うちを囲んで、津波がUターンしていったからね。大規模半壊で一階はやられたけれどもさ。まさか、うちまでって、俺たちはそう思ってた。で、あの時は勤め先の公民館からこの避難所に順ぐり山越えて逃げてきたから、俺、津波っていうのは見てねえの。でも、足元までちょろちょろちょろって水が来たの、あれ、第1波だったんだね。いまになって考えると、あそこまで波が来てるってことは堤防越えて来てるってことだものね。それでも俺、気づかなかったもんな。で、ありゃ?と思って、まあとにかく家さ帰んなきゃダメだなって、こう山登りながら、後ろこう見たっけが、もうね、農村広場に何十トンの重機がプッカプッカって。びっくりしちゃった。こら、ただもんでねえなと思って、あとで公民館に帰ってきたっけが何もなかった。

 おら、車2台やられたから、最初は全然動けなくて。最初のうちは浜のものを冷凍したやつ食べたから、最初の1週間っていうのはすごかったよ。アワビとかさ。冷凍庫はね、少しずつ開ければ電気が切れてても解けてねえんだっぺ。みんな、ごちそうばっかり冷凍かけとくんだから、あれにお酒あったらもう最高だったよ、ろうそく立てて(笑)。それが切れてからだもんね、大変だったの。いやもう結局、何回か開けるうちにもう溶けてくるでしょう。そうすっと、どうしようもねえんだもん。新巻の冷凍かけてるやつだって、1週間ぐらいで溶けだしたんじゃねえかな。

 その頃には自衛隊も来てたね。物資も来たども、俺たちみたいな避難所でなく在宅に届いたのは何日目ぐらいだったかな。結局、在宅の人に物資を配布する人とか監督する人もいなきゃダメなわけだ。避難所は避難所で一所懸命やってるけど、その人たちの物資も配れっていうわけにいかねえから、それで町内会組織でやったわけ。でも、その人たちも、みんな家流されてるわけだ。一所懸命頑張ったべ。上に立つ人間っていうのは大変だっぺね。

 津波のメカニズムってすごいもんだね。高さもだども勢いもすごいもんだね。真っ黒い龍ね。ただこの3、4年、行政指導で自主防災っていうような対策はやってたんだ。どこの丁目も町内会が地震のそういう組織を作ってて地図も作ってた。したって、何の役にも立たないよ、今回の場合。予想以上っていうんだか、なんて言うんだかね。自主防災は何の役にも立ちませんでしたって、みんなが言うだべ。若い人たちがけっこう死んで、その人たちっていうのはさ、年寄りを連れ出そうとして死んでるからさ。なぁに、年寄りは死んでいいんだから、自分が生きねば、と俺は思いますよ。なんで若い人が死ぬの。年寄りさ、申し訳ねえども、俺はそれでいい思うよ。あとは、このぐらいの犠牲者出した原因は油断ね。みんなここまで来ないでしょって思ってたから。昭和8年の津波でやっつけられた2丁目っていうのは復興で造成したところでしょ。そこに住んだ人たちは絶対、俺たちのところまで来ないだろうという想定でいた。だから、いちばんあそこが死んだでしょう。結局、なりふり構わず高いとこさ一歩踏み出した人が助かった。鉄道から上が全部助かったわけだ。それがさっき言った4丁目のところだよね。津波が来たらあれさ、逃げるのさ。結局、逃げるしかねえのさ。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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