東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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よく言うのは、やっぱり海が好き、と。

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  • 話し手: 佐々木彰さん
  • 聞き手: 市川薫
  • 聞いた日: 2011年7月31日
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震災のとき

 うちは流されてね。地震の時は、安渡で仕事をしていた。社長が、この地震はただごとでないから、会社のことより皆自分のことをした方がいいって決断して、すぐ解散になって。まず、嫁さんの親父を見に行ったら先に逃げたって聞いて安心して、うちに帰ってきた。嫁さんはローソンで働いていて、最初帰っちゃダメだって言われてね。でも結局家に帰ったんだけどね。それに俺は実際、逃げる気はなかったのさ。津波なんてここまで来ないよって。でも、嫁さんが「逃げっぺ、逃げっぺ」って言うから、みんな車さ乗れって言って逃げて、着いたらとたんに津波が来て、ぎりぎりセーフだった。家が動くのは見えたし、車が流れるのは見えたけど、家がつぶれるときのほこりで全体は見えなかったよ。えらいこったよ。しかたないんだよ。これからだよね。

 津波の次の日から人探しがはじまって、がれきの撤去がはじまったね。普段からのグループがあったから、そのまとまりで動いた感じ。吉里吉里の人にすれば当たり前の感じだね。消防の人が人を探しているときに、所有者が分かるものが見つかると、教えてくれて。「彰、出てきたぞ」って。家から300m離れたところにタンスが出てきて、着物とかが濡れないで出てきたね。嫁さんはね和裁する人でね。自分の服もいくらか出てきた。でも背広、礼服なんかが無いね。だれかの葬式だって言われても着るものがなくて困るんだよね。そろそろ買わなくちゃいけなくてね。

 会社も全部流された。会社は海べりだもん。社長は会社も自宅も流されたから、大変だ。でも今釜石に事務所借りて仕事してるよ。今は仕事は釜石に行ったり、船がある山田の海の方に直接行ったり。津波で陸に上がった船や、ひっくり返った船を直すから仕事はバンバンあるんだけどね。

 両親はね、同居していたけど、避難所生活は年寄には大変だからってことで、一時避難で花巻の温泉にほぼ1か月居たね。温泉だっていうからそっちの方がいいのかなって。いつもは飽きっぽい親父で、2、3日すると飽きるって言うんだけど、今回は慣れたって言ってたよ。今戻ってきて、仮設に入って2晩目かな。俺たちもようやっと今日引っ越し。今から仮設に引っ越すの。両親と同じところに5人だね。広さ?3K。4畳半2つとキッチンを含んだ6畳。荷物もあるし、狭いよ。避難所なら、まあ我慢できるけど、仮設まで行って狭いんじゃなあ。しかし今回の仮設もひでえね。吉里吉里の人がいろんなところに分散して入れられた。なんで分散したんだろうね。早く家を建てたいけどね。できれば吉里吉里の中で同じところに、だいたい前の家と同じようなつくりにしたいね。俺が5歳くらいのときに建てた家みたいだけどね。直し直して使い勝手が良くなってきていたんだよね。土地が何とかなればね。早く復興して家を建てたいね。

 

【プロフィール】

話し手:佐々木彰さん

吉里吉里生まれ。家族は、両親、妻と息子。船舶電装や無線の仕事をする傍ら、大槌町青年団体連絡協議会に所属しカブスカウト隊長なども務めていた。

聞き手:市川薫

国連大学高等研究所 リサーチフェロー

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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