東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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石巻で生かされて

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  • 話し手: 後藤宗徳さん
  • 聞き手: 瀧野芳
  • 聞いた日: 2011年8月27日
  • 025/101
ページ:3

ありとあらゆる業種の復興が大切

 震災後は復興支援で宿泊の需要はあります。ただ、うちは結婚式とか忘年会とか新年会とかが、売り上げの7割を構成していましたから、それが全く無くなりました。

 そんな中、嬉しいお客さんがいらっしゃいました。懇意にしている社長さんの息子さんだけどね。地震の後、「石巻に何かできることはないか?」って考えたそうです。それで、近々結婚式しようと思っているのだけれど、それを東京で挙式をするのではなくて、石巻に行って、石巻でやって、石巻にお金を下ろすのだって決めたそうです。で、お父様から電話をいただいて「だからお前の所で頼むぞ!」って。嬉しかったですねー。「お宅で結婚式を挙げたい。それが、ぼく達ができる石巻への貢献だ!」と・・・本当に嬉しかったですよ。結婚式の時は、御礼のスピーチをさせて下さいって頼んでいるくらいです。

 義捐金としてお金を送っていただくというのも、とても嬉しいのだけれど、仕事をくれるってことがもっと嬉しいですね。だって、例えば義捐金で100万円いただいたとすると、収入になって終わり。でも結婚式で100万円の仕事が来れば、お料理を作らなくちゃならないですよね。お料理を作るってことは、材料を仕入れなければならない。お魚とかお肉を買うってことです。50万円分、地元でお肉や野菜なんかを買うってことですよ。100万円をベースとした仕事が、何倍かになって回るってことです。どんどん、どんどん仕事がつながっていく訳ですよ。単純な義捐金だと、それを頂いた誰かは100万円を1人で貯金して終わるかもしれない。

 ありとあらゆる業種が大切です。漁業でいえば、一部事業を再開したけれど、氷がないとか、冷蔵庫がないとか。全部関連しているわけです。復旧・復興して行くってことは、街全体が復旧しないと意味がない。どこかだけが復旧しても駄目だと思います。

 

助けてくれたたくさんの方たち

 それから、全国からたくさんの人が、応援にいらしてますよね。震災がなかったら会えなかった人たちが、たくさんいる。その人たちと「縁」が生まれて、その「縁」を紡いで行って、将来大きな「絆」にすることが、僕らの使命ですね。

 お礼がしたいですね。これから全国を、お遍路さんみたいに歩かなければならないかな?と考えています。顔を合わせて。

 例えば、ホテルには300人くらい避難されていたでしょ。その人たちの健康をチェックするために、何週間も来てくれた札幌市の病院の院長さんがいらっしゃいました。ホテルのスタッフの健康状態まで見てくれて、それで「また来週来るから!」って。本当に来たぞ、また来たぞって、4週連続で来て下さいました。そういった人たちが、他にも鳥取とか沖縄とか大阪とか三重にも東京にも・・・大勢いらっしゃいます。

 サンマが上がってきたから、サンマをどんっと送ってあげようって思っています。一時的な支援関係ではなく、長いお付き合いをしたい。それは、日々の感謝の気持ちを積み上げながら、一日一日積み重ねて1年になって、1年の積み重ねが10年になって、またその積み重ねが・・・。ずーっと続いていく。次の世代、またその次の世代と続いて、全てが強い絆になっていく。

 石巻のことを知ってもらって、たくさんの人々に応援していただいて、震災から復興して、それからずっと石巻との「縁」がつながって行く。大切なことだと思います。

 

5年で元気になろうって

 私は子供の頃、引越しを何度かしましたから、「故郷はどこですか?」って聞かれた時、それまでは気仙沼とか仙台とかっていう思いがありましたけれど、もう石巻に住んで約28年だから、今では「石巻だよ!」と自信を持って言えるようになりました。

 30代40代、必死に走ってきて、40代後半から地域で生きていると感じるようになり、震災後は、「生かされている」という気持ちになりました。

毎年8月1日に開催される川開き祭り

 神社のお祭りや8月1日の川開き祭りなどで社会的な活動をしていると、地域の魅力を肌に感じる機会がたくさんあります。人間の良さとか自然の良いところ、例えば、追波川(おっぱがわ)っていう川が石巻にありますが、その川岸にはかやぶき屋根に使うヨシが生えていて、そのヨシ原が11月頃とても美しい。あとは、明治政府が描いた横浜港に匹敵する築港計画の遺跡である野蒜(のびる)港築跡とかね。普段は気がつかない大切なものが沢山ある。そうゆうものが積み重なって地域の誇りが芽生えて、復興の力になっていくのだと思います。地域の人たちとも親友だなって思える人たちが生まれてきた時期になって「私は石巻人だな」って思うようになりました。

 だから、そんな石巻は5年で元気になりたいですね。神戸が元気になるのに約10年かかったから、今回は5年で元気になりたいなって。それが目標ですね。あの大きな街ですら10年かかったのだから、やはり石巻を元気にするには長い時間がかかると思います。半分というのは難しいかもしれません。でも気持の上では半分でやりたいって。「東北の片田舎の小さな街が5年で元気になったよ」ってなれば、未来における日本全国どこでも起きる可能性がある災害に「あの東北の田舎でも5年で元気になったんだから、俺たちは3年で元気になろう」って思える日本になればいいなって・・・。そのために覚悟を持って進んで行きます。

 

【プロフィール】

話し手:後藤宗徳さん

石巻グランドホテルの代表取締役社長。他に、石巻サンプラザホテルとアンジュガーデン迎賓館を経営。震災時には被災者約300人の受け入れを実施。

聞き手:瀧野芳

会社員

 



■ 宮城県石巻市

宮城県石巻
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