東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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タラコづくりを通して復興の手助けを

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  • 話し手: 高橋一郎さん
  • 聞き手: 森山紗也子
  • 聞いた日: 2011年8月27日
  • 026/101
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石巻の地元のお客さん

 石巻の店はしばらく閉店状態だったので、連絡取れないお客さまがだくさんいて。でも、通りがかりだから塩釜の工場に寄ってみたっていうお客さんもいまして、本当にありがたいですね。もともと市内の方が普段自分で食べるもの買ってて、お中元だお歳暮だって、何かあれば使ってもらったり。売店の担当者なんかは顔見知りになっていたので、「あのお姉さんどうなったの?」っていう電話の声もありますね。そうやってお客さんまでうちの従業員のこと心配してくれる。震災前は従業員は40名くらいだったんですけども、今ここには私たち含めて15名ですかね。やむなく離職された方もいるし、働きたくても自分の住むところを優先してますので。しかも1時間かかるので、そこまでできない方もいます。

 

タラコをつくる熟練の技

 被災受けて、生産量も5分の1くらいに落ちこんでるんですけれども、反対に生産量が絞られたので、以前求めていたような末端のお客様への対応をする割合が大きくなってきた。手伝ってくれているスタッフたちもそういう方向に動いてきてくれていて。従業員の平均年齢は50を過ぎてきていますね。タラコに関しては熟練の技と言うか、品質を見極めたり、瞬時に手に持ってこれらは品質がいいとか、悪いとか、見た目もそうだし、触って確認するっちゅうことも必要なんで。だからうちの場合は一度働いていただくと、長く定着してくれる。10年やそこらはざらにいますね。そういう技はベテランの従業員から継承していく。先代から働いていた人は、丁度去年辞めたところではあったんですけれども、それくらい長くできる仕事。

 悪い原料でも、末端のお客様にはおいしく食べてもらいたいんで、同じ味付けでつくってはだめなんです。それは例えば焼いて食べたらおいしいよ、とか、何か味付けて煮込んで食べたらおいしいよ、とか。そういった仕分けを上手にしてやって。その原料がどうしたら一番食べておいしくて満足してもらえるかという気持ちでそういう原料には立ち向かっていますね。毎日がやっぱり勉強なんですがね。解凍の状態も気温によって違うし、味の浸透具合も違ってきたりとか。あとはわれわれが味付けなどに携わるんですけれども、やっぱり時代が求める味がある。昔は塩漬けだったんで、ある程度の量の塩を使えばよかったんですけれども、今は塩分強いと身体に悪いとか。でも、いたずらに塩分を下げればいいっていうことではなく、本来の味を損なわずに、品質をいかにベターな状態に持っていけるか。商品をわれわれのトラックから積んで出荷するときは、親御さんが娘さんを嫁に出すときのような気分。だからこそ、ただ店頭に並べるだけでなく、直接お客さんに届けたいっていうのもありますね。

 

前を向いて進む

 魚市場の真正面に冷凍工場があって、もうひとつ、道路一本奥に入ったところにハセップ工場だったタラコ工場があったんですけど。避難所はそこから300mくらい離れた中学校だったんですけども、中学校の4階からは自宅の屋根も工場の屋根も見えていたんで、大丈夫かなと思っていた。避難する前はきちっとシャッターも閉めて、鍵も閉めて逃げてきたので、万が一持ちこたえてないかなあとは思っていたんだけれども、行ってみると柱だけ残して木っ端微塵に壊されてまして、唖然としましたし。家の場合は2階建てだったんで屋根は残ってて。1階はもう瓦礫が流れ込んだりしてだめでしたけれども、2階の部分は何事もなかったかのような形で残ってましたね。

 こっちも頑張んなければと。当時のことは思い出したくないっちゅうのが現実です。あれを考えていたら本当にもう、体も動かなくなっちゃうし。ともかく仕事始めて仕事に追われて毎日過ごすっちゅうほうに逆に逃げているのかもしれない。コツコツ40年、先代から引き継いでたもの全てなくなってますんで。ただ残ったのはそういうお客さんからの励ましだったり、従業員も業者さんもそういうつもりだったら応援するよっつうこととか。そういう財産だけが残って、それが大事だったのかなって。お金やなんかはね、人が作った数字だから、頑張って取り戻せばいいんであって。塩釜紹介してくれたり、しょっちゅう顔出してくれてああだこうだって、しょっちゅう助言してくれる人達がいるんで、本当にそういうので、落ち込んでる暇ないように過ごしていますね。

 

コツコツ続ける

 父親の仕事は高校時代から手伝っていたし、初代で事業を起こすっちゅう大変さも物心分かる年から見ていて、まずは手助けをしないとって感じていましたね。私がそう思ってたのと同じように、このうちの子どもたちも思って育ってくれているのはありがたいですね。今回の震災に際しても、立ち上げるところを見てきたオーナー社長であれば、道具がなくても仕事は出来るよって。道具がなければ代わりのモノで、機械がなければ人で行えばいいやって。とにかく再開する方向で考える。

 うちらはこうやって従業員がついてきてくれているおかげで、仕事を再開できています。水産業界も長い歴史があるんでしょうけれども、一代きりだったり、なかなか後継者が育たなかったりとかね。そういう業種でもあるけど、ただ大きくするだけじゃなくて、継続してコツコツ力をつけていって長く仕事できるっていうのもいいのかな、と思っています。

 

【プロフィール】

話し手:高橋一郎さん

昭和30年(1955年)北海道生まれ。小学校のとき父親の出身地である石巻に移って、父が立ち上げたタラコ加工工場を手伝い、後を継ぐ。現在は震災後に新設した塩釜の工場で営業を再開している。

聞き手:森山紗也子

特定非営利活動法人共存の森ネットワーク 事務局

 



■ 宮城県石巻市

宮城県石巻
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