東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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6代目の想い。会社を残したい

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  • 話し手: 三国知彦さん
  • 聞き手: 飯田雅子
  • 聞いた日: 2011年8月27日
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輸出

 輸出の際は商社的な会社がうちから仕入れてその取引先に売るので、冷蔵庫の前で渡します。蔵前渡しっていうんですけども、うちはそれですね。輸出の商社で主だった取引先は、4、5社といったところでしょうか。すけそうとか真鱈は、ほとんどが輸出にまわります。

 輸出先は中国が一番多いですかね。あと韓国や東南アジアにいきます。海外で加工されて日本に戻ってくる場合もありますが、全体的に見て、断然輸出の方が多いです。売上の金額でいけば、全体の7割くらいが輸出。数量ベースだと、9割いくかもしれない。

 小さいサバは東南アジアに行きますけど、大きいサバは中国に行きますね。アジ、イワシは国内消費が多いかな。中国に輸出する場合は、輸出といっても向こうで加工して日本に戻ってきたりします。

 表示方法はいろいろですが、その場合は原料「宮城県沖」、加工地「中国」なんていう表示が一般的ですね。一時期中国の加工品が話題になった時には、ちょっと停滞はしましたけど、全然関係ないですよね。やっぱり日本人はすぐ忘れますからね。むしろ今回の原発の放射能の方が問題は大きいです。うちはこの状態なのでいま仕事はできないですが、仮に仕事できる状況だとしても、輸出が完全にストップした時期もあったでしょうね。

 今は証明書つければ少しは動くみたいですけれども。放射能の検査をして、大丈夫だということを証明してから輸出しているみたいです。EU圏内は完全にストップとか・・。中国や韓国も今は少し動き始めているみたいですけど、当初はストップしていましたね。九州の方の魚でも輸出できなくなったらしいです。

 僕が戻ってくる前は国内向けの取引が多かったのですが、ちょうど時期的にも輸出が盛んになって増えてきました。輸出は一度の取引量が多くて、値段的なメリットもその当時はすごくあったんです。当時は円が1ドル125円くらいの時代だったので、輸出するには環境がよかったんですね。今はもう、あまりうまみがないかもしれない。リーマンショック以降はちょっとさえないですね。それからはやっぱり、少し国内にウェイトを移して、国内のユーザーさんに好まれるようなつくりをするようになりましたね。

 たとえば輸出はサイズがおおざっぱでもあまり問題ないのですが、国内向けの場合だと細かく分ける必要があります。日本の製品はすごく規格化されているところがあるので、サイズがそろっていると使いやすいんですよね。それで結局、うちみたいな会社が細かいサイズ分けをしないと売れなかったり、売りづらかったりします。サイズだけじゃありません。たとえばサバの種類はマサバとゴマサバといって、2種類あるんですよ。海外だと気にしないところもあるので、そういったところだと選別する必要がないのですが、日本は分けないと厳しいですね。

 味はほとんど一緒なのですが、身質がちょっと違うんです。製品にすると身割れするっていうか、身が柔らかいのがゴマサバ。夏は脂がのっておいしいんですよ。秋、冬はマサバが断然おいしいですけどね。それが一緒に獲れちゃって、見た目はゴマサバっていうのはそのゴマが点々となっているように斑点模様がある。マサバにはありません。今のところ人で選別するしかないですね。

 今後国内向けの出荷を増やす場合、そうした細やかなニーズにも対応していかないとだめでしょうね。消費者のニーズを聞くだけじゃなくて、時には消費者の意識の方を変えることも、日本の経済発展においてもすごく重要なことだと思うんですけど。

 

津波

 倉庫とかも、津波の被害で使えるものは一つもなくなりました。うちの事務所ももう、津波で全然・・。港のあたりだと、水産加工団地は9割以上壊滅ですね。比較的被害が軽微だったところも若干あるんですが、石巻でまったく被害がなかったというところはないですね。再開しているところもありますが、従来に比べたら稼働率がずいぶん下がっています。

 石巻魚市場の背後地に水産加工団地が大きくあるんですよ。今の石巻魚市場は昭和49年に新しくできたところで、それ以前には北上川の河口のあたりで、川口町にありました。そこにも昔からの水産加工団地があるんですね。あと渡波地区にも、小さいんですけど魚市場があって、水産の加工会社が点在していたりして。石巻は大きく3地区に分かれていて、僕は渡波地区なんですよ。

 今回の原発の事故や津波で、けっこう人生観とか変わった人いっぱいいると思うんです。今まで電気のおかげですごく良い生活をしていたけれど、こういうリスクがあったんだと気づいたり。こんな思いするんだったら、少しくらい電気を減らしてもいいや、とか。

 震災後何か月にもわたって不便な生活してきて、電気がほとんどなくても、やってやれないことはねえ、って感じの人もけっこういるんですよね。

 それに食べものの大切さにも気づいたり。今まで捨てていたような食べ物も、工夫すれば食べられる。水だって、水がなくなったからみんな大事に使って。歯ブラシだって、少しの水でもできるもんだな、と気づかされたりしました。

 



■ 宮城県石巻市

宮城県石巻
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