東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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  • 話し手: 阿部紀代子さん
  • 聞き手: 山代真希
  • 聞いた日: 2011年11月5日
  • 033/101

自己紹介

 阿部紀代子(あべきよこ)と言います。料亭八幡家の代表をしています。ここ八幡家の娘なので、この土地に生まれ育って、今4代目っていう立場でいます。家族は両親と弟がいるんですけど、弟はもう別のところに住んでいます。あと犬が1匹います。

 

子供時代

 石巻で生まれて、ここで育ちました。だから被災前の、この石巻が空洞化になる前の一番賑やかな時代に子供の頃を過ごしているので、やっぱりこの土地に対する思い入れはすごくありますよね。子供の頃はね、漁船がすぐそこまで入ってきて停泊していたもんですから、漁業もすごく隆盛の時期でした。船の宴会っていうのも昔は結構あったんです。船が入ってきて「お疲れ様」っていう宴会もするんですけど、出航のための宴会もあったりして、けっこう賑やかでしたねぇ。高知の方からカツオを取りに来ている船の方たちが、月に1回水揚げをするので何日か泊まって。陸にいるときは宴会をやってっていう、すごい賑やかしい時があったんです。でまぁ、100番で、昔は電話100番ってかけると市外通話申し込めたんですね。例えば石巻の何番につないで下さい、こちらは何番ですってお願いして切ると、また電話がかかってきて、相手がつながりましたって言われるんです。で、相手の方と話をして電話を切ると、いくらでしたってくるわけですよ。だから例えば高知辺りから船で来ると、ずーっと何日も何日も家族と会えない、今みたいに携帯無いから連絡も取れない。だから漁師さんたちがみんな、宴会の途中に電話貸してくださいって交代で、100番通話で家に電話をかけたり、そういうことがあったりとか。だから昔は賑やかだった。

 住吉公園って石巻の街の名前の語源になった、巻石っていうものがある公園があるんですね。源義経が平泉に逃れるときに、その公園のところから船に乗って逃げたっていわれているんです。「袖の渡り」って言うところ。その時に船賃がなくて、自分の着ていたものの小袖をちぎって船賃の代わりに渡したと言われているところです。その辺りっていうのは浮島があって、太鼓橋がかかっていて、干潮のときだと水が引いて川底に降りていけたんですね。そこでとうもろこしに糸をつけて蟹をとったりとか、住吉の神社の裏っ側から登る細い階段があって、その階段から崖の方へ降りて行って…で、やっているのは草花取ってままごとだったりはするんですけど、そんな遊びをしていました。あとは渡し船があったんで、渡し船で港の川向かいの駄菓子屋さんに遊びに行ったりしていましたね。昔はね、北上川沿いに魚市場があったので、そこに着くような渡し船があったんですよ。ちょうど中瀬の、一番河口側をかすめて通っていくような舟があったんです。ほんとは子供だけで乗ったらいけなかったんですけど。でもね、昔スーパーボールが流行って、大きいスーパーボールを買いにね、こっそり行ったりしていました。よそのうちの塀の上走ったりとか、同級生がすぐ裏にいるので屋根伝いに遊びに来ていたりとか、けっこう色んな遊びをしていました。

 40年代の終わり頃からかな、住みやすい白いビル型の店舗が増えてきて、昔ながらの風情のある街並みではなくなってしまったって言う方もいらっしゃるんですね。同じような作りの建物がずらっと並んでしまった、そういう評価もあるんですけど。その前はほんとに果物屋さんが軒先でゆでたての枝豆やとうもろこしを売っていたりとか、自転車の修理をしているお店があったりですとか、本屋さんがあったりしていましたけどね。

 

地元を離れて

 地元を離れて仙台の大学に行ったんですね。高校時代は田舎がいやだったんです。ここにいると、どこで何をしているっていうのがすぐにばれたりとか、うちは店をやってるからどこの人ってすぐみんなにわかられたりするのが自分としてはイヤで。仙台に行ってすっきりって思ってたんです。学生しながら一人暮らしをして、学費と家賃負担はしてもらってたけど、あとはアルバイトをしながら生活費を捻出するっていう生活をしていて。

 私は仙台で働きたいと思ってたんです。そしたら仙台に新しく営業所を作るって会社があったから、そこに入って事務仕事したり、コンピューターのインストラクターをしたり、あと電話もすごく厳しく研修させられて。本社が東京だったので、時おりその本社研修だとか、あと民間研修っていって、いろんな会社の方と一緒に勉強させてもらったりもしました。当時としては、女性だからこれだけという枠組みはなく働かせていただいたので、非常に仕事としては、やりがいがありましたね。結局12年くらいはそこで働いてました。で、ちょうど父が体調崩したこともあって、実家に戻らないといけなくなったんです。それがきっかけで会社を辞めて、その時にはおうちを継ごうと思って石巻に帰ってきました。

 



■ 宮城県石巻市

宮城県石巻
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