東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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早く海の仕事をしたい

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  • 話し手: 田中博さん
  • 聞き手: 牛田貴規
  • 聞いた日: 2011年07月10日
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漁師にとって海っちゅうのは、本当に生活の一つなの。

 岩手県の大槌町吉里吉里で生まれて、水産学校を卒業した後に遠漁業をやるために300tの大型イカ釣り船の船長をしてたんです。その後に、観光船「リアス丸」と民宿の屋根にのった「はまゆり」の初代船長をやってたの。

 俺が子どもの頃はね、海がそばなもんで、夏休みになれば、家で赤フン(赤ふんどし)履いて、ざるを持って、アワビ、ウニ、あとタコだの、ナマコだのをよく採りに行ってたんです。あの頃は、いっぱい採れだったの。

夏休みは磯でウニなどを採る毎日を過ごした

 今、瓦礫が積まれてる堤防のところ、あそこが全部砂浜だったんです。磯場がいっぱいあって、もう好きなぐらい採ってくる、それが俺の夏休みなの。そして俺、ウニを何度もざるにいっぱい採ってくるの。卵っていうのかな、鶏の卵みたいな黄身を煮れば白くなんのね、あれのトロッとしたやつがね、オレンジっぽい実の回りに付くんです。焼いたり煮たりして、火を通せば大丈夫なんだけど、生で食べると腹壊すからね。だからね、うちに帰ってくればおふくろなんかに「なんでこのクソ暑いのに」ってよく怒られてたんです。

 それをもうはぁ、毎年中学校から高校生の時まで繰り返してやってたんです。だから、夏休みなんか旅行だなんてなかったの。そういう時代を過ごしてきたんですよ。うちらは高校生も船に乗るっていう、小さい時からそういう考えでやってたもんで、宮古の水産学校にいって漁の勉強をして、そして今こういうふうに漁師をやってんだば。漁師にとって海っちゅうのは、本当に生活の一つなの。

 

遠洋漁業から観光船の船長へ

 水産学校を卒業してからは、10人くらいでニュージーランドの方に行ったりする300tの大型イカ釣り船の船長の仕事をやったんだけど、漁をするのに片道3週間も4週間もかかってさ。29歳になって、嫁さんもらう年頃やったんだけど、俺の今の母ちゃんが出した結婚の条件がさ、「漁師は嫌、長男はだめ、何カ月も外国に行くのもだめ」って言うんです。その3つがね、もういっさいだめよ、全然当てはまんないの、ハズレなの全部。ここで俺、嫁さんもらわないば、もうだんだん歳もとってくっしさ、もう外地に行けば、7カ月8カ月いなくなるからさ。そうするとまた1つ歳とってしまうから、今これがチャンスだと思って、だから俺が、条件付けたの、「外国に行くのはやめっから、漁師も辞めっから」って。ということは、船に乗るんだども、釜石の方でタグボートだな、おっきな船を押したり引っ張ったりする船があんです。それの船長をやろうかなと思ってね。それで29歳で結婚する条件として、2つ決めて。あとは、長男はどうにもならないの。そうしたら、母ちゃんが「1つでも2つでもクリアすればいい」っつうことになったの。それで親戚に仕事を紹介してもらったのよ。

観光船「はまゆり」の初代船長として活躍した

そしたら、たまたま観光船の船長さんだったの。今から3年前までね。観光船「はまゆり」の前に「リアス丸」っていう観光船が釜石にあったから、そういう所に紹介してもらったんです。だから、その「リアス丸」も、津波で民宿の屋根に上がった「はまゆり」も、俺が初代の船長をしてたんです。それで25年も勤めて、ちょうど3年前に60歳になったから定年したんですけども、今思えばあの船も懐かしい船なんです。だけど、津波でこういう風になったのは仕方ないなと。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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