東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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サケ縄、養殖、カゴ漁

3艘の船で1年を通じて海に出る

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  • 話し手: 倉本修一さん
  • 聞き手: 吉原祥子
  • 聞いた日: 2011年9月23日
  • 036/101
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天照御祖神社の祭り

 このあたりでは、もともと8月のお盆が終わった次の日からお祭りだったのさ。盆から祭りで。8月17日は、宵宮祭(よいみやさい)っていって、鹿子踊(ししおどり)や、虎舞や、神楽を奉納する。神楽っていうのは、全国的にいう獅子舞ね。全国的な獅子舞は、こっちで神楽っていってさ。鹿踊りみてえなのを鹿子舞(ししまい)って言うんだよ。木で作ったさ、角生えたお面つけて。まあ鹿の顔だ。で、その後、漁師とか、各団体の代表者とか、神輿担ぐ人とか、いろんな担当の人たちが神社に集まって、お祓いを受けて。で、夜7時ぐらいから、ここで軽く一杯飲むわけだ。

 18日は、町内練り歩き。一緒にね、踊りながら。子どもたちとかお母さんたちが手踊りとかって、各丁目ごとにね。漁師はみんなさ、神輿担ぐのさ。船持ってる家はさ、竹竿に自分ちの大漁旗つけてね、それも持って練り歩くのさ。俺は小さい時はそれを担いだりしたの。

 

震災の日、そして、これから

 震災当日は3時から大槌の組合で会議の予定が入ってて、それで、午後仕事するにも半端だなと思って、お昼を遅めに食べて自宅にいたの。それから地震だから。地震がちょっと収まってから、船見に行ったの、すぐに。その日はもともと干潮だったの。それがさらに潮が引いてたったからさ、吉里吉里は漁港がもともと水深が浅いしさ、座礁してんじゃないかなと思って。津波が来るから、沖に走っていきたかったの。岸辺にいっと、波がざぶんと来っけどさ、沖に走ってけば、なだらかな山っていうかさ、大きなうねりを乗り越えるだけだから。でも、15分くらい海岸にいたけども、間に合いそうもねえなと思って、沖に行くのやめたのさ。ここまで大きいのが来るとも思ってなかったし。

 それで諦めて家に帰ってきて。うちの目の前はちょっと小高い山があるのさ。津波来たらそこに逃げればいいなと思ってたんだけど。で、姉が夜勤で働きに行くって言ってたったんだけども、もうちょっと待ってろと。そうやってるうちに国道のほうから水が来たから。で、急いで家の目の前の山に避難した。近所のおばちゃん2人引っ張り上げて。自宅はその後、浮いて、隣の家にぶつかってた。

 漁のほうは、今まあ、とりあえずカキの養殖棚は10本入ったし、これからワカメのほうの作業が順調に進めば、来年の3月、4月、ワカメの刈り取りして、で、ウニでも獲りながらカキの出荷できれば。それだけでも3割ぐれぇ元に戻んのかなっていう感じはするね。

ワカメ養殖のための土嚢袋を作り終えた

 今、ちょうどワカメの作業をやってんだけども。土嚢袋ってわかる? 砂利入れんだけども。土では溶けっからさ、海に入れんのに。それを養殖棚1本につき70個作る。ちなみに1個の土嚢袋にさ、砂利をスコップで山盛り10杯入れなきゃねえんだよ。共同作業、みんなでやる。で、それがさ、両端だから70かける2なわけ。1本だよ。で、今、われわれがやってるのは、その200メートルを100本復活させようということなんで、合計1万4,000個。今朝、作り終わったわ。15人で全部で12日ぐれえじゃねえか。でも、終わった。人の力。

 漁業は案外大変な作業が多いからさ。地道に気の遠くなるような仕事をみんなでこなしてきてる。

 

【プロフィール】

話し手:倉本修一さん

吉里吉里生まれの吉里吉里育ち。祖父、父を継ぐ漁師の3代目。

聞き手:吉原祥子

公益財団法人 東京財団 研究員兼政策プロデューサー

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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