東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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海からの再生

吉里吉里に住み続けること

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  • 話し手: 村中トセ子さん
  • 聞き手: 三原岳
  • 聞いた日: 2011年7月30日
  • 037/101
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ホタテ貝の「耳」にテグス―実家のホタテ・カキ養殖

 実家は漁師です。養殖でね。山田湾に近いんだけどもね、実家は流されないけど、曲がったんだって。だから壊した。倉庫のものも全部流され、もうすっからかん。今も仮設入ってますけどね。「これからは頑張ってやりたい」っていう気持ちになってるようです。養殖はホタテのつがいを北海道か陸奥湾か買って来るんです。北海道から買って来ると、大きさは指にもなんねぇかな。それが夜中に冷凍車で来るんです。夜中でも起きて、早く海さ漬けること考えなっちゃ、死んじまう。一旦ネットさ入れて、大きくなんねばテグス(海にホタテを入れる際のロープ)も入れられないのね。陸地に揚がったら、今度は耳さ穴っこドライバーで開けて。貝殻に耳っこがあるんですよ。貝に出っ張ってるとこあるんですよ。そこさ片方、穴っこを開けてテグス通して綱さに付けるんです。それをやって、養殖の棚さ吊るすの。11月頃来ればね、3月頃っからやるんだね。結構大きくなってるんですよ。プクプクプクって生きてるわや。次の年、出荷になるんです。あんまり吉里吉里ではやってないみたいね。

 カキね。小さいタネを宮城県の方から買って来るんですよ。それを大きくして、それさ縄さ挟んで、海の中に吊るすんですよ。昔は本当の縄、使ってたんだけど、今はナイロンの締め縄。それを2年か3年だかなぁ大きくなって。昔はカキを剥いてね。全部手作業ですよ。カキを殻付きに出すって案外と手数も掛かんなくて、割といい収入になったんじゃないんですか。殻をきれいに洗う。機械が洗ってくれるの。手でやってたら、とってもじゃないけど。この辺では安いんです。うちの息子が飲みに行ったら、「大浦」っていう箱がね、居酒屋にあったがいって、「お母さんの実家のほうだな」って思ったんだって。出荷時は200円。大中小って分けてね、なんか出荷してるようです。

 ウニもあるでしょう、天然ね。アワビもあるでしょう。ワカメもあるでしょう。今は天然のワカメは採らねぇけど、それからホヤ。そういうのを順くりに、時期で回して収穫するんですよ。ワカメも30、40年ぐらい前から養殖に切り替えてっけど、本当は天然だったの。ワカメの胞子ってあるんですよ、タネね。ちょうど津波の頃、養殖ワカメ取るんですよ。それを流されちまったから、収穫がもうね。

 

1人息子の突然の訪問―避難所での再会

 黙って何もしなえば、ポカンとしてだめです。やっぱり仕事持ってれば、退屈しないもん。色々と働いてきたんだけどね。部品工場に10何年働いてきたし。あの頃はね、コンピューターの心臓部とか作る時だとかって言ったな。従業員は30人だべね。働き始めたのは、子どもが幼稚園の頃だった。家から10分掛かんねぇ。5、6分。だから働きやすくてね。幼稚園も近かったし。今度は大槌の方さ工場入ったったんですよ。同じ仕事だったんだけど、何年か勤めて。もう今はないけどね。少し加工工場みたいな所でちょっと何カ月か働いて、あとは実家手伝ったり、養殖も手伝ったり。あとは主婦。

 主人は遠洋漁業さ行けば帰って来ない。一番長くて1年6カ月でした。だから、こういうのが一番困ると思ったね。子どももどんな仕事さやってんだか分かんねぇじゃねえですか。社会人になって、遠洋マグロの模様もやってれば、「こうだったんだな」「よく我慢してやってきたもんだがな」と思ってるんじゃないですか。それでもよく耐えて大きくなったもんだわね。

 息子は津波の後に3回来たんですよ。親の安否確認とか「休みが取れれば帰ったほうがいいよ」って言われて。地震が来て何日か目に来たんですよ。新幹線も止まってっから、秋田まで飛行機で来て、秋田から盛岡さ出て、盛岡からどうにかにして釜石まで出て。誰かに乗せてもらったりとかしてね、来たんですよ。「吉里吉里の駐在所がやられた」っていうのが情報が入ったんだと。「駐在所が流れれば、(海に近い)家も流れたかな」と思ったんだって。でも、「絶対俺の親は生きてる」と思ったんだって。もうそういうふうに言い聞かせなきゃ。やっぱり亡くなられたらショックだものね。

 息子が来たのにはびっくりしました。支援物資を入れたリュックサック背負って。小学校が避難所だから手伝って、いっぱい仲間もいるから、一晩だけ泊まって。帰って行く時でも「人当てにせないんだ、こういう場合は。釜石まで歩いていく」って。釜石の手前で誰かに乗せれたみたいなのね。それが日本人じゃなかったんだって。そして釜石の駅前で避難所に一晩泊まって。お婆さんらの世話になって、おにぎりを貰って。釜石からバスが出て、盛岡まで。(東京に戻るのに)2日、3日掛かったんだって。でもね、帰って行く時、何か寂しいんだよね。「あぁ、この人は警察官なんでなんぼ我が子であっても、我が子でねぇんだなぁ。やっぱり社会のための貢献する人なんだなぁ」。そこで踏ん切りなの、気持ちがね。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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