東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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手を合わせて感謝してる

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  • 話し手: 芳賀キエさん
  • 聞き手: 若尾健太郎
  • 聞いた日: 2011年9月24日
  • 038/101
ページ:2

娘たちと震災

 子どもらは、娘が2人あっけど。今は妹の方と一緒に暮らしてるけど、妹の方は、大槌町の保育園の保母さんやってんの。大ヶ口(おがぐち)保育園っていう所。姉ちゃんの方は釜石で働いていて、吉里吉里町内に住んでいたったのね。その娘のお家も流れたの。姉ちゃんの子どもは、小学校3年生になんの。津波が来た時、その小学校3年生の孫を学校に迎えに来たんで、私が助かったの。地震がいっぱいで、孫が心配だから、ここの吉里吉里小学校に迎えに私が行ったの。父さんが「迎えに行け」って言ったから、私1人で小学校に行ったの。その後も、父さんとおばちゃんが逃げないでうちにいたったの。それで、私ばり助かって、父さんとおばちゃんが流されたの。

 

家族みんなで一緒に暮らしたい

 今は、娘の妹の方と私が一緒に仮設で生活やってんの。(娘の)姉の方は、孫と2人で仮設に住んでる。仮設に入る時は、今、小学校3年生の子どもを、ばぁちゃんが面倒見ねばなんないから、近くに置いてもらうべって言って、お母さん(娘)が何回も役場に通って。やっぱり、お母さんも仕事があって辞められないし、どうしても、ばぁちゃんが子どもの面倒見ねばねぇから、一緒に同じところに置いてもらうべしって、一生懸命役場に通ったのね。だけれど、最後まで、避難所に残されたの。一生懸命、行ったことねぇくらい役場さ通ったんだけども。私が行かねば、娘が行って。娘は、泣き泣きね、お願いしたんだって。どうしても仕事しねばねっから、ばぁちゃんの側に置いてもらいたいって。でも、なかなか聞きとってくんないんだもんねぇ。他の人は簡単に入れた人もなんぼもあんのね。でも、「私のうちには、男の人がいねぇためにこうなんの?」って言ったの、役場さね。何にも悪いこともしてないし。

 そって、最後にあそこの仮設に入れてもらったのね。ちょっと離れたけど、別々なんだけども、同じ仮設の土地だから。

 小学校3年生の孫は、子どもの中で1人、最後まで避難所に残ったの。そしたら、僕は学校に行きたくないって言いだしたのね。みんな、当たった当たったって、仮設が当たったって喜んでんのに僕だけ当たんねぇって。だから、そうなってくるべ。一番かわいそうだと思って。今は、ちゃんと通ってる。瓦礫通るのが嫌いだったらしくて。前の自分のうちの所を通るのがね。だから、今の仮設から通うのは大丈夫で1人で帰ってっけど、こっちの避難所にいる時は、5か月くらい、毎日送り迎えしたの。瓦礫の所通るのが怖いって言うから。

 

何も残ってないの

 今になれば、その孫が育つのが楽しみで。津波の時、孫迎えに行って助けられたもんだから。私はじいちゃんと家にいたったのね。地震が来た後、私が運転すっから、車で学校に行くべしったら、車ではもう間に合わないからって、学校まで走った。近い所、上さ上がって学校に行ったの。そして、間もなくだもん。で、学校に上がったら、波を見たの。津波が来るの。学校にいて見たの。だから全然、その後どうしたかもわかんないぐらい、びっくりして。孫と2人で見てた。孫は、「ばぁちゃん、ばぁちゃん」って言うしね。娘は、釜石にいるから帰ってこられないし。その後、娘は3日も4日も帰ってこないからね。私は、孫と2人で、避難所に4日間ほど過ごしました。

 津波の後、どこに父さんがいっかなぁと思って、瓦礫を2晩くらい探したのね。涙が出てきちゃう。だけど、なにもない。全部。それこそ、立派な高い御仏壇を、新しいお家さ合わせて買ったのね。何にもないの。何かあればなぁって何日も探して歩いてたんだけど、何にも。お家が流れるくらいだから、何にも残ってないのはわかるけど、何も残ってないの。仏さんのも。ただ、私たちが結婚した時の写真だけが見つかったんだ、何枚かね。大事にこれ持っているの。

 

手を合わせて、感謝してる

 できれば、あの時を思い出したくないなって言ってんだけど、和尚さんにも昨日話したら、何かあったらいつでも来なさいって言われたのね。昨日も2時間くらいお寺さんに行ってきたかな。みんなと会って、お彼岸だから。お寺でお墓参りをして、それから和尚さんの話も聞いて。吉里吉里の和尚さんも本当に頑張ってくれたもん。お葬式の費用もとらないでやってくれだもん。で、亡くなった2人の火葬も、秋田まで行ってきたの。娘の短大の時の友達が秋田にいっから、その人に連絡したら、秋田で火葬をやってくれるから来なさいって。そしたら、火葬代とらないで、ただでしてもらったの。本当にみんなのおかげでね。もちろん、今お金を出せって言われても、どうにもないし。みんな流されたもんだから。だっから、本当にみんなに助けられて。

 和尚さんが、合同霊祭やるっても、普通、1人いくらって、戒名もらうに出さねばねぇけど、それもいりませんって。ちゃんと戒名もつくって。でも、今回も一銭も和尚さんが取らないで、一生懸命やってくれたの。だから、本当に和尚さんに助けられたのね。だから本当に、和尚さんには、いっつも本当に、手を合わせてる。

 みんなの助け合いがあって、本当によかったと思ってます。今仮設に入ったって、何にも不自由させないようにやってくれて、どうですかって聞きに来てくれますもんね。よその人が「あれも足んない、これも足んない」って言うけれど、違う。全然違う。私はこれでも十分って言って。このぐらいやってもらって、本当に助かってる。「野菜は不足していませんか」って、ちょくちょく顔出してくれんの。みんながね。ボランティアさんが、紫波町の方から来たり、何日か前には、大阪の方から来たって言ってだったけ。野菜だの玉ねぎだの持ってきて、「お母さん食べて」って持ってきたから。いただくたび、「涙出るよ」って言ったの。

 本当に、私は生活ができることを、みんなに感謝してる。避難所のままだったらどうしたらいいかなと思った。今は、なんだか、みんなに良くされて、本当に申し訳ないですって。ありがたくてね、人が来るたび来るたび、お礼述べてやっけども。だって、自分が冷蔵庫や電気釜なんか全部、仮設に入って用意するっても、大変なことだもん。避難所にいる時は、小屋でもいいから別に住みたいと思ったったからね。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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