東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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ワカメ一面に広げてた、あの砂浜はどこへ?

思い出したくない、でも、忘れちゃいけないあの日

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  • 話し手: 釜石澄子さん
  • 聞き手: 辻るり
  • 聞いた日: 2011年9月23日
  • 039/101
ページ:3

子供たちが元気なのが幸い

 私は職がなくなったので、小学校の臨時職員みたいな感じで、パートですけど、なんとか働くことできました。

 今、子どもたちの登下校のお手伝いしてるんですけどもね、やっぱり、おばあちゃんに送ってもらう子もあるんですよね。向こうの方から来る子どもは、下の方に海の方が見えるようになって、もう堤防が決壊して、海が直に見えるんですよね。だから、中学校の仮設にいる子どもたちでも、やっぱちっちゃい子は、下がるのが怖いからって。おばあちゃんにいつも連れてきてもらう子あります。

 でも、反対に元気な子もいてね。「海はね、悪いこともしたけど、でもね、大丈夫なんだから」っつって。そういう子もいますよ。今度は、一緒に帰った子がね、「私、船が大好きだから。またきっと泳げるよ」って言ってましたね。いろんな子います。ああ、そうかぁと思って。海がね、悪いことしたけどね、でもね、好きだかよ、大好きっつって。そうだな、こういう子もいたんだよなと思って。

 なんかね、一番内気だった子どもが反対にすごく人懐っこくなって。いろんなボランティアの人が来るじゃないですか。そうすっとね、話しかけられたり、これ書いてもらったんだとか、ふふふ。外人さんが来たら、いい言葉教えてあげるからとかって、すごくいい言葉だったよとか。私はよく意味がわからないんですが、グッジョブとかなんとかって、教えてもらったとかで(笑)。グッジョブってこうして。それどういうこと、ってね。

 子どもたちがね、元気なのは、まぁ幸いですね。本当に、子どもたちって元気だなと思います。学校行ってそう思います。

 反対に、本当に元気もらって。おかげさんで、なんか、元気にやってるなって感じ。

 

砂浜はどこへ?

 私は、正直、何カ月も海には行けなかったです。うん。やっぱり屋根とかがね、こう、まだ海にあるじゃないですか。それがやっぱ片付かないと、行けなかったですね。今もやっぱり、遠くからは眺めても、近くにはちょっと行けないですもんね。

 一度、瓦礫の始末の時に行きましたけども、波がもう近いですからね。だいぶ近くって、堤防も下がいっぱい掘れて水が溜まってるの見ると、いやぁ、怖くて行けない。

 もうね、続いてた砂浜がもう見えないですからね。元通りの砂浜になることってあるのかなぁ…と思って。

 

活気が戻るといいね

 なるべく、本当は、思い出したくないんですけどね。やっぱり忘れちゃいけないんだろうとは思うんですけど。普段生活してるのに、何ともないんですけど…、話をしている時とか、なんかくる時があるんですよね。被災した身内が結構いてね、思い出すの…。

 今、やっと普通にできるようになりました。みんなそうだったと思いますけど。いつになったら元に戻る、元に戻るってことじゃないんでしょうけどもね。

 やっぱね、ここ好きですしね。こっから出ることはないでしょうから。一生ここでいるんでしょうから。浜の仕事をね、今まで手伝ってきたんですからね。早く、そういう活気が戻ってくれればいいと思いますけど。

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【プロフィール】

話し手:釜石澄子さん

吉里吉里生まれの吉里吉里育ち。水産業加工業から、海苔・わかめの養殖業を営む家庭に育ち、家業を手伝ってきた。結婚後は、PTA役員や町内会の仕事を快く引き受け活躍してきた。現在は、小学校児童の通学補助員を務める。

聞き手:辻るり

岡山県新庄村役場総務企画課

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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