東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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日本人は強い

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  • 話し手: 堀川義雄さん・啓子さん
  • 聞き手: 山代真希
  • 聞いた日: 2011年11月6日
  • 047,048/101
ページ:3

雄勝の復興

(義雄さん、啓子さん)けど雄勝は、浜から立ち上がるんでねぇべか。漁業から。お金のある人はあっち、石巻とかに土地買ってうち建ててる人もいますよね。漁業に関係のない人ね。けど漁業やって食べてた人たちは、やっぱり漁業さ復帰してっからね。今、浜で活気づいてきてんのはホタテの養殖。津波の前もやってたからね。漁師さんたちはね、石巻の方の仮設さ入っても、浜さ来てるみたい。ここに仮設のちょこっとしたもの建てて、作業場にしてね。ほいで漁してるの。やっぱり海の人は海で生活立てねばダメだって。水浜でホタテやってた人たちもね、全部流されたけど、またホタテやるって。うん、今もうやってるとこはやってんの。ワカメも11月からね、種付けするって。だぁから大丈夫。立ち上がるね、浜の方は。

 雄勝は働く場所がねぇから、若い人たちはみんな石巻やら働きさ出はってるね。やっぱりあっちの方はいいみたいな話も聞くけっど、年寄りたちはやっぱり雄勝がいいんだと。ただここも石山は残ってっから。工場は津波で全部流されて、ないんだけっど、山は残ってっから。それで機械とかなんとか入れれば石さ採れるわけ。だから硯とか、そういうものは組合がもう再開してんの。少しずつだけどね。復興のきっかけはなってんだね。

 日本人て強いんだと思うよ。東京の空襲で犠牲なった人もいたんだけどさ、やっぱり立ち上がって今の東京にしたんだもんね。ほんっとに大したもんだよ。今回も大津波で大変だったけっどさ、大丈夫、復興するって信じるより他、ねんだね。復興はすんだけどね。焼野原にだってうち建って、何十年か経てば今の東京みたいになんだから。ただまぁ時間はかかるでしょうね。私たち生きてるうちに何軒うち建つんだかわからねぇ。

 

大津波 街をがれきの 山にして
  我が小集落 陸の孤島(こじま)に (啓子さん)

 

大森の 集落見えぬ 仮設たち
  部落の絆 仮設をめぐみ (啓子さん)

 

【プロフィール】

話し手:堀川義雄さん・啓子さん

堀川義雄さん:昭和3年生まれの7人兄弟の3番目。戦後林業をして生計を立てる。
堀川啓子さん:三陸津波のあった昭和8年の生まれ。
雄勝町で生まれ育った2人は、昭和29年に結婚し、2人の子供に恵まれる。

聞き手:山代真希

NPOサポートセンター 研修生

 



■ 宮城県石巻市

宮城県石巻
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