東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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震災を通して得たもの―人とのつながり

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  • 話し手: 佐野孝治さん
  • 聞き手: 高橋あゆみ
  • 聞いた日: 2011年7月30日
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 名前は佐野孝治(さのこうじ)です。山形の今の鶴岡、合併前の朝日村で昭和49年10月22日に生まれました。高校まで山形で育ち、高校を卒業してすぐに自衛隊に入って、盛岡のとなりの滝沢村に5年半住んで、自衛隊を辞めた後に運送会社に10年ほど勤務しました。吉里吉里に来たのは結婚して婿に入った33歳の時で、3年8カ月くらいです。今の家族は嫁の母と嫁と自分と1歳7カ月の娘の4人で、皆仮設住宅に移りました。新日鉄釜石の下請け会社で倉庫管理の仕事をしています。

 

山形での生活、吉里吉里での生活

 山形に居た頃、子供の頃に遊んだのは、鬼ごっことか、缶けりとか、秘密基地とかの普通のことですね。うち、3兄弟で、長男と俺が双子だったから、中学校まで何かと比べられて嫌だったよ。仕方ないんだけど、ずっと一緒にいるからね。一緒の学校行って、一緒の時間に起きて、一緒の時間に帰って。喧嘩は食いもんに関するのが一番多かった。

 うちらは夏は、川で泳いだり、魚つかみしたり、山登りに行ったり。冬はスキーしてって、山育ちなんですね。吉里吉里は海でしょ。子供は海で泳いで魚採るし、雪はほとんどない。実家の方は2メートルくらい積もるんで、その感覚からすると全然雪がないですね。ここでは遠野に行かないとスキーは出来ないし、そういえば自衛隊辞めてからスキーはやってないね。吉里吉里では若い人達がたまにスノボに行くくらいじゃないかな。

 雪が少ないから、雪囲いをしないよね。山形では屋根の雪おろしをすると1階が埋まるから、窓とか割れないように壁を作るんだよ。例えば2メーター積もったとしたら、雪おろしすると4メーターになるから。そして朝起きてかんじきを使って道を作る。そういう環境から来たから、雪が少なすぎるって思う。吉里吉里は快適っちゃ快適だよ。寒い日は何日もないし、でも夏もやませが入るから暑くないし、しょっちゅう霧も出るしね。山風の方が涼しいよ。

 方言はあるけど同じ東北だからか、大概は解る。でも俺、山形に行くと「おめぇなまってんぞ」って言われるね。18で山形出て、もう同じ時間を過ごしたからね。

 食生活もやっぱりちょっと違いますよね。海の文化はあんまない所で育ったんで、こっちはとにかく魚が多いって思う、マスだのサケだのサバだの。それに吉里吉里では普通に売ってるけど、イルカとマンボウは山形では見なかった。あと、吉里吉里では赤飯が甘い。山形は小豆で炊いてゴマ塩振って食べるんですけど、吉里吉里はささぎで豆が甘いね。そういえば娘の初節句、お食い初めの時は親戚がこれかじらせろってアワビを持ってきてくれたなぁ。逆に吉里吉里では食べないものもあるよ。納豆をすって、味噌と溶かした納豆汁とか、ハタハタとか。あとは孟宋竹っていうタケノコのみそ汁の孟宋汁、枝豆汁、ざる蕎麦の麺が中華麺になったざる中華とかな。

 あと吉里吉里はお祭りが多いかな。盆に虎舞やったり、冬にお面をつけて踊る神楽があったり。うち、嫁さんの本家が漁やってる関係もあって神楽が毎年まわってくるんです。娘はおっかながってましたけどね。今年は亡くなってる人多いから祭りはやらないかもなぁ。山形では田舎だったから的屋はなくって、自分たちで作るっていう感じだった。皆知り合いの青年団が焼き鳥とかかき氷を作って、面白半分で焼くのを手伝ったりして。昔はそんときに盆踊りもやってたね。うちらが山形を出た頃は子供はいないし、やる人がいないってことでほとんどやらなくなってたけど。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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