東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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変わっていかないと、みんな幸せじゃなくなっちゃう

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  • 話し手: 末永勘二さん
  • 聞き手: 瀧野芳
  • 聞いた日: 2011年11月6日
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これからについて

 結局今回、常々考えてきたことを実行に移すきっかけにして、移しましょうってことなんだわ。俺、非常に優柔不断だから、なんかのきっかけがねえと転換できなかった。頭の中では本当の幸せはこういうんだろうな、と考えていながらも変換できない男だったから。

 何が起きたちゅうと、震災で三陸のワカメが採れなくても誰も困んなかった、牡蠣が採れなくても誰も困んなかったんだわ。ワカメなんかはほとんどなかったんだわ、今年1年間。でも、誰も困ってねんだわ、消費者もスーパーも。だって、韓国から入るわ中国から入るわ。んで、三陸のワカメがなくて真から困っているのは三陸の漁師と加工業者だけだった。

 牡蠣もそうだ。牡蠣は10分の1の生産量でとりあえず復活したんだけども、それがねくてもよかったんだわ。広島の牡蠣があるし韓国の牡蠣もあるし。今まで、消費者は宮城の牡蠣を美味しいと思って食っていたけど、ないからしゃあない次のもの食ってたけど、次のものでも十分間に間に合ってしまった。

 まあ、人だもん、人間だもん、そりゃしょうがない話だ。逆の立場になったら俺もそうする。三陸のワカメが仮に100グラム300円で売ってました。震災でなくなりました。なくなってしょうがねえから中国のワカメを100グラム150円で売りました。別に自分が財布開くのであれば、150円の韓国・中国でも同じとなれば、そうなんなきゃおかしいもん。人だもん。

 実感したのは、震災だから許されるもんじゃねんだなって。今の日本では、震災はごく一部だ。三陸の浜の一部。日本全体の震災じゃねんだ。そのごく一部の被害災害で、日本全国に「震災だから高く買って下さい」が通用するもんじゃねんだ。当然だと思うよ。

 だから、我々は自立していきますよ。なんかあったとしても、せいぜい来年の「3月11日来た、あれから1年」っていうようなイベントかなんかがあるんじゃないんかな。でも、「我々自身が自分の足で立たねえと復興できるはずはねえ」と、若い人たちや友達とかとは話はする。

 あとね、自衛隊さんとボランティアさんはありがたかった。他にいっぱいの補助もありがたかった。けども、40、50年前なら、がれき撤去も地域でやったと思うよ。今はボランティアさんとかに頼るしかなかったけど、俺が子供の時代だったら、地域の人で間違いなくやっていた。

 だって、昔は10歳15歳になれば一丁前の大人で、今みたいになにもしなくていいちゅうのはまずないもん。それに、地域社会のコミュニケーションもあったからな。今みたいな、他人の生活に口挟まないって雰囲気ではなかったから。

 だから、昔と同じことやっていたんではダメだろうなって感覚かな。会社の商品提供の仕方を変えていかないと幸せになれないんだろうなと思った。だから、方向転換していきましょうって。もっと食べ方とか加工とか別のものを別なものを提供していかないと、結局どこも単価競争に入っちゃう。もっと楽しんで、みんなが幸せになる方向にして、量だけ求めたってしゃあないし、それじゃ震災前と同じになる。そこは変えていかないとみんな幸せじゃなくなっちゃうことなんだろう。

 末永海産の大雑把な方針ていうのは、もっと楽しんで幸せになろうと。震災前にただ戻っちゃダメなんだ。だから、もっともっと付加価値をつけるための方法が必要じゃないかなと思ってる。

 まあ、俺の残り寿命が20年かなと思っている。んで、前は老後の心配をしてたけど、今は息子とか次の世代が頑張ってくれるかなって思ってきたな。俺も、俺の親父もその親父も、生きてきた中ですべてが積み重なっていくわけよ。そうゆうもんの積み重ねっていうのを子供たちが、俺らの後ろ姿だけを見ているわけよ。災害がありました、時代が変わりました、何か子供たちに残しますかって、そうゆうもんじゃねんだな、全部が積み重ねだから。葬式の話もそうだし、この地区の気が荒いのもそうだけど、生き方が自然と醸し出されるわけだ。

 だから俺、考え方が固まってきたのかな。今まで人と比べたり、自分自身の変なものがあって、それに対して勝手にストレスにしていたのが、関係ねんだなって思ってきた。だから、被災した後に不謹慎かもわかんねえが、61年間の人生で、今が一番心が穏やかじゃないんかな。

 

【プロフィール】

話し手:末永勘二さん

1950年4月9日、石巻市渡波地区生まれ。末永海産株式会社 代表取締役社長。海藻の加工(ワカメ、昆布のチルドなど)や、牡蠣・ホヤの加工(生食用牡蠣、牡蠣味噌など)の製造を一部再開。

聞き手:瀧野芳

会社員

 



■ 宮城県石巻市

宮城県石巻
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