東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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復興への歩み、草木とともに

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  • 話し手: 佐藤節男さん
  • 聞き手: 冨永朋義
  • 聞いた日: 2011年11月17日
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大好きな園芸を仕事に?子どもの頃から好きなことだし?

 総合園芸店は、私が仕事を辞める前から家内がやってたんです。住居兼用店舗だったんで、教育委員会に勤めていた間、うちさ帰ってくると店の方やってました。園芸店開いたのは、志津川ではうちが最初です。短期大学で園芸やったもんですから、園芸店やったらどうだということで。鉢物、切り花、種、農薬とか、そういったものすべて扱ってたんです。

 家の中庭に温室つくって、サボテンも育ててました。500種類、2000鉢くらい置いてました。忙しかったもんだから、手がかかんないのっていうとサボテンがいいかなって。これね、これ(直径3センチくらいのサボテンを見せてくれる)。サボテンは水分を出す気孔がうんと少ないんです。水を体内に多く蓄えていて、水やり忘れても、こいつはどうってことないんです。寒くても水やんなければ大丈夫です。細胞液の濃度が高くなって凍りにくくなるってことですね。その温室にも入れるようにしてましたから、欲しい人には売ってました。

 お客さんは結構多いんですよ。「づんつぁん、いだが」って来る。「じいさん、いるか」ってことですね。はいはいって出て行くと、「農薬欲しいんだけんども」って。「どういう薬っさ、病気すか、虫すか、両方効くやつすか」って。全部わかりやすく説明するんで、年寄りのお客さんが多かったです。私はとことん説明するもんだから、妻には「そんなに詳しく話さなくてもいいんだから」って、よく言われましたけっどもね。薬害はこうだからって、そっちの方まで話が行ってしまってね。家内は切り花担当で、保健婦だったこともあって、お客さんとのコミュニケーションのとり方が上手でしたね。

 勤めてた時も忙しかったけど、商売やってた時も忙しかった。昼は役場、夜は店。でも、生き甲斐だからね。子どもの頃から好きなことだし。息子も農業短期大学さ入って。同じ先生に私と息子が2代続けて習ったっていう教授もいましたね。

 

民俗芸能を守る?地域づくりとしてやったね?

 駅前商店街振興会に入ったり、観光協会の会員、副会長と10年くらい在籍してましたね。その他にもほら、私もいろいろ興味持つもんだから、民族芸能ね。どこでもそうなんだけども、神社ごとに民族芸能、打囃子があるんですね。三陸沿岸には打囃子が160ぐらいあるって、民族芸能関係の先生なんかが話してましたけっども。その打囃子の保存会の会長、4年やりました。入谷(いりや)の打囃子は県指定なんですけれども、私、町の社会教育担当してたもんだから、いろいろ応援したりなんかしたったんです。やっときは徹底的にやるもんだから。研修視察っていうことで、山形の山車祭りや盛岡のさんさ踊りを見に行ったりもしましたね。

 昔は民俗芸能だのなんかやるにしても、地域との結びつきもガッチリしてたし、地区民の長男だけしか入られなかった時代もあったそうだけど、参加者も結構多かったんですね。この頃はよそから入って来た人なんかもいっと、なかなかそこさ入り込めないということもあって。私はほら、会長やってた時は、地区のPTAの会長さんに協力していただいて打囃子だのなんかの練習に小学生から入ってもらったんです。大人が指導者になってね。そのようにしないと伝承が上手く続かないっていうことでですね、地域づくりの1つの手段として。

 



■ 宮城県南三陸町志津川

宮城県南三陸町
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