東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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復興への歩み、草木とともに

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  • 話し手: 佐藤節男さん
  • 聞き手: 冨永朋義
  • 聞いた日: 2011年11月17日
  • 058/101
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3/11、寺で一晩過ごす?家内が呼んだんだかね?

 あの日は、息子夫婦と3人の孫と6人で自宅にいました。大地震の後から津波までちょっと時間があったんで、うちの息子は消防団さ入ってたもんだから、川の水門閉めに行きました。5分くらいして息子が戻ってきて、とにかく逃げなきゃダメだつうことで、車2台で大雄寺(だいおうじ)っていう大きな寺に、家内の墓地予定地のとこさ行きました。私は分家したもんだから墓地持ってなかったんです。家内が呼んだんだかなんだか、そんな感じがね。

 3月だったからまだ寒くて。エンジンかけて車内を暖めては、暖まったら止めてっつうようにして一晩過ごして。翌日は車を置きっぱなしにして、内陸部にある入谷の小学校まで歩いたんです。1時間くらいですかね。その体育館が避難所だったので。物資が来るまでは、おにぎりが毎食1個、1日にもらえる水は15ccくらい。このビンですよ、その時に使ってたのが(「節男」と書かれたガラスのビンを見せてくれる)。

 それで、山の高いとこにあるうちの姉の家が大丈夫だっていうのわかったもんだから、息子達は、私が一番年とってるし、医者通いしているし、お姉さんのとこさ行ってた方いいんでねえかって言って、そんで私は姉のとこさ行って2ヶ月間泊まってました。

 

草取りの毎日?株や芽を見つけると、楽しくてね?

 この仮設から3、4キロ離れたところにある商工団地に土地持ってるんですけど、息子がそこに店建てっかって。津波で流された駅前は、もう建てられない地域になってますんでね。今は「佐藤園芸」って看板出して、切り花なんかを売ってます。

 その土地は貸してたったんですが、今から2ヶ月前の9月末に返ってきたんです。駅前に店があった時から10年以上も、全然草取りがされてなかったんです。だから今は、毎日行って草取り。というか、それこそ根っこをひっくり返し、ひっくり返し。もう、クズの蔓とか根がすごいんですよ。手首ぐらいの太さになってんですから。普通だと、指の太さぐらいですよね。もう木のようなもんです。根切りバサミは全部流されてしまったんで、刈り込みバサミやノコギリ持って行って切るんです。仮設は一応2年なので、どうなるかわかりませんけども、住まいも一緒に増築するにもしやすいようにと思って。今日も午前中行って来て。年取ってっから、あまり力もないし大変なんですよね。除草剤も根がちょっと深くなってくっと、あまり効かないし。それに、あまり除草剤使いたくないと思って、全部手で掘り起こしてるんです。そのクズの葉っぱ、冬は枯れて飛ぶんですよね。そうすっと、近くのうちさ迷惑かけますんでね。できるだけ年度内に、少々寒くても行って、全部クズの根っこを切ってしまって。ただ、自分の体のことも考えなくてはないから、午前中行けば午後休むということにして。とにかく毎日2、3時間ぐらいですね。

 でも、それが楽しみでね。前に植えていたものの株だの芽が出てるのがわかるんです。例えばサフランとか、それと所々にアスパラガスなんかもありますね。アスパラは葉っぱ見ればすぐわかっから。そんなのはなるべくそこさ残してね。アスパラは半永久的に出てきますんでね。いろんな雑草だのなんかも、ほとんど名前わかりますんで。こういう草が生えてるなっていうの確認しながら、紙に書き留めているんです。ムラサキシキブとかね。これ、葉っぱの根元に紫色の丸っこい実が成るんです。そういうのを見つけると楽しくてね、いやいや。今のとこ、そいつを楽しみにして。

 

【プロフィール】

話し手:佐藤節男さん

7人兄弟姉妹の末っ子、「めんこたまっこ」と可愛がられた。学生時代、勉強はもちろん、スポーツでも活躍。昼夜なく働いた講師生活、教育委員会での勤務の後、60歳の定年を前に大好きな園芸を生業に。津波で流された総合園芸店の復活に向け、草取りを楽しむ毎日。

聞き手:冨永朋義

公益財団法人 東京財団 ディレクター

 



■ 宮城県南三陸町志津川

宮城県南三陸町
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