東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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吉里吉里は「本当にいい町」

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  • 話し手: 前川竹美さん
  • 聞き手: 若尾健太郎
  • 聞いた日: 2011年9月23日
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お茶っこ

 私も料理を作るのは好きですね。魚もいろんなものに作るし、お肉でも焼いたり、煮たりだけでなくて、巻物にしたり、旬の野菜を入れて巻いたりしたり、いろんなの作りますね。魚は塩で殺して、酢をつけるんです。それをご飯に巻いて、切って、押し寿司みたいにして食べるんです。

 みんな集まれば何かとよって、料理の話をして、「こういう風にして食べたよぉ」って、「あぁ、それどうすればいいの」とか聞いてきます。それを作ってみて、こんなの入れた方がいいのかなとか考えて、そういう感じで料理を覚えていきましたね。

 料理の話をするのは「お茶っこ」飲み友達となんです。近所の人とか、お友達とか。お茶っこというのはこちらの言葉なんです。近所でも、よその人でも会ったら、「お茶っこ飲んでってぇ」っていうんです。そこで、私自身も友達が多いから、そういう食べ物をどうしたらいいの?とかね、聞いてきて、料理のまねしたりして。

 隣近所の奥さんとは、1週間に2回か、3回はお茶っこ飲みしますよね。うちの隣に行ったり、友達であれば、大槌の方に行ったり、釜石の方でも声がかかると、そこまで行ってお茶っこ飲みしてきますよね。

 お茶は、主に漬物が出るんです。不思議ですね(笑)。大根でも、キュウリでも、白菜とかキャベツとか、その時期のものを漬物に出して、あとお菓子みたいなのものを出すんです。

 結婚したのが昭和42年だから、お茶っこすよるようになったのは、昭和50年くらいからですね。案外、私たちの時、若い人たちが、この辺に引っ越して来たので、それまでは、昔から年寄りがよく来て飲んでましたね。昔は、炉辺に炭をおこして、大きい鉄瓶をかけておくんですね。その鉄瓶から、柄杓で汲んで、お茶を入れてましたよ。古いおうちは大きい炉辺だからね、年寄りたちが炉辺を囲んでお茶飲みしてました。私のお母さんもお茶っこしてました。私の母は、漬物を作るのが上手だったので、いつも漬物がお茶菓子みたいな感じでしたね。

 どこのおうちでもそうしてたんじゃないですか。学校の帰りとかにお茶っこしてるのを見てました。昔は50歳過ぎると、仕事しているお年寄りっていないですもんね。今だから、50、60歳でも仕事するんだけれど。私が知っている限り、昔、50過ぎてどこかに出て仕事をしているってことは、まずなかったかなぁ。お父さんたちは、船に乗ったりしてたから、お茶飲みもできたんじゃないかな。

 でも、今はね、近所の人がまとまって仮設住宅に入るっていうことがないから、みんな離れ離れなんですよね。抽選だから、みんな離れ離れですね。大槌の方に行った人もあるし。でも、「あそこに入ったよ」って聞けばね、お茶っこするために訪ねに歩いたりしています。久しぶりに会うと、先に涙が出てきます。途中、話にならないこともしばしばです。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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