東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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つながりが多いのが吉里吉里

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  • 話し手: 平原慶子さん
  • 聞き手: 多胡潤哉
  • 聞いた日: 2011年9月23日
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3月11日に起こったこと

 姉と、私の大姉さんはね、すぐ海のそばだったんですよ。だからすぐに誰よりも先に小学校に避難したから。うちは全然津波、来るところじゃないと思ってたとこだったから。だからね、私は逃げなかったんです。それで海、水が来るまで家にいた。

 もう今まで経験したことのない地震だったんだけども。第1回目ぐらいの地震で結構、棚から物が落ちて抑えたりね。テレビ抑えたり、うちの柱時計がものすごく大きいもんだから両手で抑えたんです。そうして、いったん収まったんです。外に出て、つい近所の人たちとお話して、大きい地震だったねぇって。そして、うちに入ったの。そしてまた、揺れだしたんですよ。その地震がものすごく大きかったですね。これはぁ、すごいものすごい音がしたもんだから、玄関の窓を開けてみたらね、もう、向かいのうちのこんな太い鉄筋の電信柱がすごく揺れてあるのね。もう転びそうに。そして藤井先生ていう個人病院が隣にあって、そこに駐車場があるんですよね。そこにね、なんとなく下見たらもう水がピチャピチャピチャて来てた。これは津波なんだ。これが津波なんだと思って、初めての経験だから。それから、これは逃げなきゃと思ってね。

 私の寝てる方のところに行って、取りやすい所にあった大事なもの、通帳とか年金手帳をまず持たなきゃねと思って持って。とっさに取りやすいところに手が伸びて。普段使うお財布はもう頭になかった。そしてその窓から、はねて逃げた。けども、そこに箪笥があるんですよ。どうして乗り越えて逃げたか、どうして水にはねたかそれは全然いまだに記憶がないの。がむしゃらで。そして水に流される記憶はちゃんとあるんだけど、もまれてもまれて行ったんですね、私…。6軒か7軒ぐらいの角のうちにね、ちょうどはまったの。家に流されて行ったらちょうど頭がスーっと見えたの。ああ、これ助かったなあーと思ってね。そしたら私ぐらいの薬局の奥さんも、やっぱり頭から濡れて、ずぶぬれだったんですよ。その方は歳とったじいちゃんばあちゃんをを両手に繋いだけども、もう離れたって。自分だけがそこに至ったんですよね。奥さんの旦那さんが後ろの方に、奥さんが出てこないから流れたと思って待ってたんじゃないですかね。その声でね、「ああ、今助けるからー」って、私後ろ向きになってたから、その奥さんに声かけたの。私も「ここにいますよー」って言いたいけども、その声が出なかったの。でも後ろから「わかってる、わかってるー」って「助けてやるから待っててー」って。そおいう行為があってね。そしてもう脚はすっかりがれきに挟まれたんです。もがいて、脱出しようと思ってもなかなか脚が上がらなくて。自分ではこのまま死んでダメだなぁーってね、だけどあの勢いだら5分は流されない。2、3分だと思うね。

 それで薬屋の旦那さんと一緒に角に入って行って、助かった。助けてもらってね。そして地元の若い方、その旦那さんに先におんぶしてもらって、途中の坂、学校までは坂だからね、大変だったから、若い方に交代におんぶしてもらって。その若い方は、途中で「あの、おぶった方は誰ですか?」って聞いたら、やっぱり吉里吉里の方でね、ローソンの店長さんだったです。助けていただいて今いのちがあります。

 もう6カ月経っても今でも傷があるけど、この耳と、頭とかだんだんにだんだんに時間が経ってきたら痛くなってきた。そして水結構飲んだからね、そう、2カ月くらいは大変でした。

 

避難所での生活?小学校から中学校、そして仮設住宅へ?

 その後は小学校。その時は、もう寒くて。11日は誰とも連絡取れなかったの。そしたら薬局の奥さん、藤井さんの患者さんがお薬もらいに来る、その薬局さんの方も学校に来てたんですよ、その人が「私の車に行こう」って、ヒーターをたいてあったまりましょうって。その奥さんのおかげでね。そこであったまってたら、避難したうちの甥っ子が、自分のお母さんも津波に遭ったから、そのお母さんを連れて、通りかかったのを見たんです。学校の中を探したらしいの。そして見えないからどこに行ったと思って通ってたとこ私が見つけて、ドアを叩いてもらって、そこで一緒に連れてってもらって、望洋ヶ丘の町営住宅に避難しました。甥っ子の家族は3人、それに姉と5人で生活しました。それが3月の末まで。私はもう避難所の方に行きますよって、避難所に私は残ったんです。そして、今度は中学校の方に移ったのね。

 小学校は150人はいたんじゃないかなあ。小学校の中、吉里吉里は仕切りなし! もう全部おおっぴらに。かえってそれがいいような気がする。プライバシーというけどもね、だって更衣室もあるしね。吉里吉里同士が多かったもの、やっぱり仕切りがないところでみんなで。いやなことばかりじゃないよ。話したりすれば、かえって嫌なことも忘れて気持ちもまぎれる気がしました。

 私は、最初は、流れた家は見たくなかったんですよね。小学校だとすぐ下だったから私は1回も見に来なかったの。見たかったんだけどもね。中学校に行って、今頃どうなっているかなって散歩がてら、自分の家を見に来たんですよ。ほんとにきれいになってまあ、流れてましたね。遠くからは最初にこう眺めたの。そのうちだんだん歩け歩けしてるうち、近くまで行ってみようかなって。やっぱりそっくりきれいになくなってましたね。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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