東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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地域のみんなにお世話になった恩返しをしなくっちゃ

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  • 話し手: 千田勝治さん
  • 聞き手: 七井舞
  • 聞いた日: 2011年12月10日
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大家族

 千田勝治(ちだかつじ)です。誕生日は昭和23年6月の21日です。1年中で一番日の長い日ですから、夏至ですね。母はハナコ、88歳ですか、お元気ですね。米寿ですね。家族は人数が多いですからね、大体9人ありますから。家内が富子で、年齢は63歳で私と同い年です。長男が晃、あと、長男の妻、由紀江さん。その子ども(孫)は4名います。長男が魁理(かいり)です。次は2番目、陸(りく)。次は空花(ひろか)、その下が晴希(はるの)と呼ぶね。8月に生まれたばっかり。あと別の世帯で暮らしているのは次男の眞と三男の悟。お正月に集まるととても賑やかです。眞には子どもが2人でしょ。悟にも子どもが2人います。数えてみると孫が8人です。最近では珍しいですね。

 

広田湾産のカキは日本一

 職業は、議員よりは漁業、養殖漁業といった方がいいかな。内容は、カキ・ワカメ養殖ですね。今もやってます。カキ養殖に関しては県内でのトップ、一番の大きい養殖漁家なんです。息子たちが3人とも後継者になっているので。全国では珍しいパターンですね。

 漁場経由で系統販売っていうのをやってます。系統販売っていうのはね、東京の築地の市場に出荷してるってえの。このカキについてはもう、日本の中で一番のトップブランドなんです。東京で一番、高い単価で取引されてるのが、この広田湾産カキなんです。そのきっかけ作りをしたのがうちの漁家なのね。とにかく今は津波で一切カキがないから。向こう3年ないんですよ。3年先までないので、今は新たにゼロからスタートしています。仕込み作業はしてんだけども、皆さんの口に届くのは3年後ていうことで、今、日々みんな復旧で頑張ってます。

 陸前高田の広田湾産のカキっていうのは、スーパーだとか量販店では売ってないです。すべて業務用なんですよ。多分広田湾産カキっていうのは、ほとんどの人が知らないです。でも、なぜ高いかっていうと品質だとか、生産量が少ないので希少価値が高いんですよ。ネームバリューは低いんですが、単価だとか品質は日本一のカキっていうことで、取引されてる。うちの漁家は殻付きガキの生食用のを出荷してます。結局、湾もきれいでないと生食で食べられないわけだから、きれいな海で採れて、品質もよく、味もよくっていうのが、この広田湾産カキっていうんです。海がいいんです。でもその海が今回津波でやられたんで大変ですけどね。

 

大きな津波が来るってことは身体でわかってる

 自宅はまず、全壊です。流されなかったんだけれども全壊認定で、蔵と長屋2棟と本宅と、4棟が全部だめになりましたね。家は結構高い所にあって、誰しもが見ても「えっ、お宅まで?」という所だった。今回の津波が17メートルくらいありますかね。本来であれば、津波は乗らないとこなのね。うちの本宅は築220年くらいになっているんですよ。それまで、家を飲み込むくらいの津波はなかったということなんですけど。ですから皆さんびっくりするんですよ。

 小友町(おともちょう)というところは、気仙大工の発祥の地なんですよ。宮大工っていう、木造で1本の釘も使わない大工さんの発祥の地なの。通常のお家ももちろん建てるんだけども、お寺や神社なんかもすごく丈夫に造るので、おそらく東京の方が見るとお寺さんに見えると思います。そういう家がね、今回わずか6分で、8,000世帯あるうちの約3,600世帯がなくなったんです。

 今回の津波が時速104キロと言われてんの。通常の道路や私道を、車で逃げてももう間に合わない速さなの。陸前高田は平場(ひらば)が多いとこなのね。ですから、陸前高田は今回の津波で被害が大きい。規模の大きい被害が出たということはそういう特徴があるとこなのね。

 自然災害っていうのは予定外のことが起こるからね。今回の津波だってあれだけの高いのが来るとは想定してなかったから。それ以上のことが来るんだって心を持ってないと。絶対大丈夫だろうと気持ちを持ってる人が今回死んでんだから、陸前高田は。これがね、過去どかーんと大きい津波があれば、みんな逃げたんだろうけど。海の人たちは過去の小さい津波で養殖施設の被害をいっぱい受けたから、海のそばに居ながら、結構亡くなってないの。亡くなった漁業者っていうのは少ないの。他の平坦な土地で商業をやってる方々が亡くなってんの。漁業者はあれだけの地震があれば、もう大きいのが来るなっていうのが身体でわかるわけさ。大丈夫だろうということは絶対にないから。

 私の場合は、4月の20日ころに選挙、統一地方選挙だったのね。ですから3月の11日は、自宅に選挙事務所を構えて、準備をしようかって家族がみんなまとまってたの。みんな1か所にいたから難を逃れてんの。まとまってたからよかった。

 今回の津波っていうのは、もうエネルギーが全然破格だったもんだから、もう焼け野原のように、漁場が一切なくなっちゃった。一度押し寄せた波で全部丘の方にぶちあがってしまった。今は一から復旧作業をやって、筏を作ったり、養殖するための仕込み作業をやってるわけね。小友町ではカキ養殖が32人くらいあったのが、今回の被災でリタイアしたのが3分の2になって、残ったのが10名。ワカメ養殖が17名あったのが、残ったのが5名。だから今大変なの。復旧作業をするのにすごく支障をきたしてんの、人が足りなくて。

 



■ 岩手県陸前高田市田束地区

宮城県南三陸町
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