東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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農業、漁業、土木で培った経験で復興を支える

これからも人づくり

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  • 話し手: 渡辺重一さん
  • 聞き手: 橋本拓真
  • 聞いた日: 2011年10月22日
  • 063/101
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高度成長期に乗って

 土木建築のほうは約25歳から、結婚前からずーっと勤めだして、55歳まで30年間勤めました。タイミング的に土木建築のほうも高度成長期に乗って発展したんです。最初はただのアルバイト。次はいろいろ勉強もしまして、石油スタンドの取扱者の免許を持っていましたので、スタンドの運営を任せてもらってやっておりました。やるうちに今度は、生コンクリートの製造ラインを作るというので、「そこをおまえがやってみろ」と言われて。製造工程は全然わかんない、無から始めての勉強でした。こうやってああやってと練り上げる方法を覚えて、その工場を作って皆様に出荷したところ。志津川に、その当時生コン工場はなかったんです。隣の町、登米市まで買いに行ってたんです。その不便さの解消にもなって、これはいいもんだと。生コンクリートは瞬く間に、その高度成長期の復興が伸びるのと同じようにどんどん生産が伸びていって、工場を3回も建てなおしました。生コンクリートの工場のほうは、そうですね25年以上はいました。

 

勉強すればなんでもできる。これがおれの自負なんです

 農業のことはいくらでも知ってっけども、土木建築というのは全然知らない。ましてや特殊技術の生コン製造とか、工場作るとかは教えられねっどできない。でも勉強すればできるという自負があった。半年くらい会社の配慮があって勉強して、自分で最初に生コン練ってみたときに、できたんですよ。これはすばらしいこった。できるんだな。経験がねぇからできないとか、やったことないから無理だという話はなしだなと。地域で誰もやったことのない生コンを自分が作って売るっていうのを会社の柱として作り上げたんです。これがほんとに自負になってます。

 国のお墨付きをもらった生コンを作りたい、そういうものじゃなきゃ今後は需要に追い付かないし、もちろんこの地域社会のインフラ整備に対して品質の保証ができなくなるからということで、JISマークをもらえるための勉強を今度は私1人ではなく20人の従業員全員でやりました。そして、そういう生産設備を作り上げ、生産能力と思考能力と販売能力の検査を国の規格で全員で受けました。1回目は落ちちゃったんですけど、2回目で見事合格したんです。

 

亡くなるまで南三陸町で

 退職して、55から今の間は、スタンドの免許を持ってますから、スタンドのほうで管理をやってほしいということで、2年間はやりました。その後は、同じように土木建築の会社さ声掛けたら、「じゃあうちのとこさ来ていいから」ということで、そこに籍を置いて、今は8年目か9年目くらいです。そこでは総務のほうにいて、雑用係を全部仕切ってやってきた感じです。生コンはもちろん得意分野だから、そこがそうでこうやって、ということで聞かれれば詳しく説明します。

 これからも年齢の許す限りは会社に勤めたいなとは思っています。なぜかと言うと、復興に関する情報がいろいろ入ってくるからです。行政で説明されるよりも、実際にやるときはこれだけの差があるな、ということが分かるんです。当事者ですから。

 土木会社として街の復興に関わっていくなかで、たぶん見たアイディアというのがきっとあると思う。土木でも建築でも、その場に行って、いやこのほうがいいんではないか、こうした使い方のほうがいいんではないか、とかいう仕事が私にかかってくると思う。それが本当にやりたい仕事なんです。人づくりを考えるような話し方、考え方を伝えていきたいなと思います。

 最終的には10年以内にマイホームを建ててここに住みたいと思います。でもその前にやるべきことは生産基盤の確立であると思います。漁港の整備に頭を使い、次に瓦礫を片付けて農業の生産基盤の方向付け。すぐ再生産は無理だと思うから、それを3年以内にやってみたい。その双方のためにはその近くに人が住まないとダメ。資材置き場の倉庫とか小屋がなければできないと思いますので、それをどこに作るのか。流された場所か、かさ上げされた場所に作るのか。そういうのが近々の課題。それから初めてマイホームもしくは公営住宅であるとかという話になる。なるべくだったらみんなで一緒に亡くなるまで暮らしたいですね。自然災害に対しては完全に安心安全な場所というのはないと思う。

 

【プロフィール】

話し手:渡辺重一さん

農業と漁業(のりの養殖事業)の兼業を経て、土木建築会社の生コンクリート製造に携わり工場長、常務を務める。ガソリンスタンドの統括者を経て、再び土木建築会社の総務を務めている。青年会、4Hクラブの一員として活躍の後、現在も南三陸町の行政区長を務めている。

聞き手:橋本拓真

慶応義塾大学文学部人文社会学科教育学専攻3年

 



■ 宮城県南三陸町志津川

宮城県南三陸町
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