東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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みんなに支えられて。いーいとこだったのよ。

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  • 話し手: 佐々木さとみさん
  • 聞き手: 福島空
  • 聞いた日: 2011年10月22日
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 佐々木(ささき)さとみです。生まれは昭和15年8月3日、71歳。家族は7人です。私と息子夫婦と孫たち4人。職業は居酒屋です。街の真ん中の五日町で、居酒屋を40年くらいやって。もう流されてないんです。海抜0mっていってね、高潮の時に一番最初に水が上がるうちだったんです。そんなとこだったんだけども、お店をするにはね、条件がいいところだったから。すぐ川だし、海だし、街の真ん中だし。いいものは出してないんですよ。四季折々の、志津川ってと、海、山、なんでもあるから。そのものを食べさせるような料理専門でやってたんだけども。

 

戻ってはだめって聞かせられてたんだけど

 当日は、社会福祉協議会主催の芸能大会が高野会館であってね。うちの息子が協議会に勤めてたもんだから。今まで10年以上やってて、初めて息子が私を誘ったの。それに行って、終わったのが14時ちょっと過ぎ。そして帰って家に着いたら、地震なんですよ。家の前の電柱がボッキン、と折れたんですよ。ママ(息子の嫁)と子どもたちが帰ってきたんだけど、いいから逃げろ逃げろって言って、なんにも持たないで逃げたわけ。私も後から車で途中まで行ったんだけど、孫たちいるからお金!って思って。そして車を途中に置いて、家に戻ってきて。それから、保育所に上がったんです。そしたらもう…少し濡れたんです。危機一髪ってとこかな。うちに戻ってはだめだって、いっつも聞かせられてたんだけども。

 まづ…悲惨でしたね。おかげさまで命だけは預かったもんだから、今この志津川町を、昔のいい時代もあったんだぞって、残そうと思って。でないと今からの若い人たちは分かんないでしょ。子どもたちっつのは忘れていくもんだから。

 

息子の帰還

 息子も2日帰ってこねえのよ。んでも、頭おかしくなるかと思ったよね。なんか寝れないし、寝ると、流れる情景見てしまったし。息子だってそうださ、子ども4人もばあさんと嫁さんさ預けて。ってったって、道路がないし、会館は高台でしょ。あそこの上にいたんだもの、下りてこれないんだもの。そこにあんだ、年寄りたちだけだし、離れられないし。若い人だちって4人ぐらいかな、あん時いだの、それあんだ、380人も見てたんだ。具合悪くなる人も出たべし。そして2日後の午後に息子は泥だらけになって帰ってきたのね。自分は一番最後にあれしたから。それこそみんなで歓迎して。

 

最高の立地だったのよ

 うちらは川のそばだから流れてくださいってなもんだもの。うちから、道路あってすぐ川さ。これっくらいしかない。でも夏は良かったのよぉ、風情があって。お客さんは堤防さ腰掛けてビール飲みながら、子どもたちは花火をしたりさぁ。夏ね、涼しいでしょ、中より外の方が涼しんだから。でっかい川が流れてんだもの。外さビール持ってって「サイコー!」とかって飲んでんの(笑)。あれを思うとさぁ。

  夏は息子と嫁さんで、若い人たち相手にビアガーデンをやっててね、22時過ぎるとおまわりさんに怒られてね。2回目まではみんな知らないふりしてんのね、私も「ハイハイ」って。3回目になっとパトカーが「ママ、ダーメダーメ!」って。でも、泊まりでねえおまわりさん達がさ、奥で飲んでんだもの(笑)。やっぱ外ってのがいんだよねぇ。開放感もあって。夜さぁ、空は見えっぺしさ。おもしろいお店屋さんだったのさ、型にはまらない。しかもうちは「いらっしゃいませ」でねんだ、「どこさ行ってきたの?」「今日なんの会?」って。

  いいとこなんだよ、津波が来るまでは、志津川町は。海あり山あり、あとはお客さんがボンと置いてくし。鍵なんかかけたことないんだから、うち。隣に「どこさ行ってくるからねー」って。そういう志津川町だったからさ、考えられないでしょ。

 市場さ行ってきたお客さんは、「玄関さ魚おいでたど。くさっど」って。鍵かけないうちだから魚が流し台に入ってたり(笑)。志津川町ってそうやって店だって支えられて。普通の家だってそうだと思うよ。いーいとこだったのよ。

 

オヤジと2人で始めたお店

 もともとはオヤジ(夫)と2人で始めたんです。でもオヤジが3年前にポックリ亡くなったんです。クモ膜下で。それで、どうしようかーと思ってね。でもお客さんがやれやれって、「やってっとな、寂しさも忘れっから」って言われてね。それからは料理は私が作ってて、夜息子が帰って来れば手伝うもんだから。あとうちいいところはね、生ビールなんかお客さんが自分で注ぐの。一気にどっと来るもんだから、もう夏なんかね、喉渇いて早く飲みたいっていうかね。だから自分で注いで、自己申告するような店だったから。そして余ったものはおにぎりとかにしてカウンターの上にやっといて、お腹すいた人はまずもって食べて。そうやってた店だから、「今日何もないの、おばちゃん」て言われれば「毎日毎日タダであるわけないべや」てね(笑)。

 

休めない定休日

 これがね、定休日がね、うちにいるとだめなのよ。店と自宅つながってるから。うちにいると「いだのか」って脇から入ってくるんですよ。で、「店開けろ」って。ま、いんだけどね。してほら、鍵かけておかねから、休みだからって日帰り温泉に出かけてると、途中で電話入ってくんのね。「いまビール注いでたけど、冷蔵庫のなかの食ってっど」って。そういうお店! みんなの溜まり場、うちうち(笑)。しかもガス出さねえでビール注いで、「なんか今日のビールさ、泡出ねえの」って(笑)。そういうお客さんなんだ。1年365日あるうち300日以上うちさ来てるお客さんいるから。毎日、とにかく休みでも来んだもの。そして、ずるずるべったりいるわけさ、お客さん。2時頃までね。あと、めんどくさいと泊まってけって言ったり、すると朝になるとちゃんともぬけの殻で(笑)。

 



■ 宮城県南三陸町志津川

宮城県南三陸町
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