東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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地域の人たちに育ててもらった店だから

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  • 話し手: 中村勝彦さん
  • 聞き手: 吉田麻美子
  • 聞いた日: 2011年7月10日
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生まれは隣の浪板

 中村勝彦(なかむらかつひこ)です。昭和34年1月13日生まれの52歳です。出身は隣の浪板です。4人兄弟で弟が2人、妹が一番下。実家は漁師で、ワカメやウニ、アワビとか時期によってやってました。

 中学卒業して、その後3年か4年、漁師をしながら大工をやって。東京に出たのは19歳の時です。

 

結婚してから吉里吉里に住み始めるまで

 俺は結婚した当時は、東京にいて、建設業をしてました。10年くらいは2人で東京にいました。俺のかみさんの実家っていうのは吉里吉里で酒・たばこ・雑貨の商店をやってたんです。お義母さんは山田町から嫁に来て、とにかく朝から晩まで働き者で、地元ではいつ寝てるのかって言われるくらい、明るくて元気のいい人なんです。社交的な人だったから、踊りやフラダンスや趣味も多くて人との付き合いも多くて、太陽のような人でしたね。お義父さんは、イカの塩辛が得意で、人に作ってあげては美味しいって言われるのが嬉しいみたい。お人好しな人です。

 かみさんは一人娘なんで、俺は婿に入ったわけです。当時、お義父さんがガラス店もやってたんだけど、どんどん不景気になってきて、商店もガラス店も辞めて、平成2年にフランチャイズチェーンのコンビニをスタートしたんです。コンビニ始めてから、2年くらいでお母さんが体の具合悪くして、それで2人で吉里吉里に戻ってきたんです。

 こっちに戻ってきたのは38歳くらいです。大工の仕事もちょうど軌道に乗ってる頃だったのだけど…。コンビニの店長なんて俺にできるかなと思ったけど、何年かやってれば、それに馴染んでしまうもんです。

 震災前まで、かみさんは釜石で飲食店やってて、母親ゆずりの働き者ですね。気の強さは誰ゆずりか知らないけど(笑)。子どもの頃から親の商売を見て育ってますから、やはり商売人です。

 

吉里吉里の暮らし

 吉里吉里はいろんなことを地域一丸となってやってます。近所で助け合ってみんな仲良くわいわいやってる所を見ると、いい面が見受けられるし。もらいものをすれば近所同士で分け合ったり、おかずを交換したり、畑や海でとったものをあげたりいただいたりって感じで。みんな家族みたいな。とにかく吉里吉里は海のもの、山のもの、水も空気もおいしいし、雪もそれほど降らないし、夏も過ごしやすいですね。でも去年(平成22年)の夏は異常な暑さで、秋には松茸が異常発生した年でした。

 吉里吉里のお祭りっていうのは8月にあるんです。お盆が終わってやる。吉里吉里には芸達者の人達が多くて、陽気な人がいっぱいいます。ひとりが音頭とればひとりが唄って、それにのってまたひとりが踊りだして、それに乗ってまたひとり…みたいな感じですね。とにかく思いやりのある人柄の良い人達の集まってる町です。

 そんな人達も、これだけの被害で…みんな笑顔も元気もないです。家が全壊の人、半壊の人、家が残った人、家族を亡くした人…それぞれ思いはそれぞれが違う訳だから、会っても互いに言葉がない、出ないっていうのが正直な気持ちです。

 

地震

 地震に遭った時は、家族がみんな別々で。俺は釜石の方にいて、そこから戻ってきたんです。横に止まってる車も全部追い越して、とにかく店へ向かって。その最中もすごい余震で、左右に揺られるというか、蛇行するような感じで。17分くらいで店について。そしたらお義母さんと従業員ふたり、外にいて。店のガラスも割れて、中もめちゃくちゃだったから、俺がたどり着いたんで、お義母さんは俺と会ってすぐ「私も今来たばかだから。気を付けて。私は家に戻るから…」と言って車で家に戻ったんです。それが最後に見た姿で、真っ青な顔してて。今、思うと言葉がないし、言葉をかける余裕すら俺にはなかった。

 俺も最初は店に来る時は逃げなきゃいけないと思って来たんです。従業員も来て逃がさなきゃと思って来たんだけど、あれだけの物が散乱してるのを見て、本能的に片付けなきゃないっていうのが行動に出て。でも、またその時にも地震来て。こりゃだめだと思って、従業員の人、2人帰して。

 津波が迫ってるのにも気づかず、俺は店にいて、どう片付けようかなと思ったり、どうやって店を閉めてうちに帰ろうかなと思ったり、ただうろうろするだけで、いや困ったなと思って。

 2日前にも、大きな揺れの地震があって、その日は宮城で会議があって、とっさの判断ですぐ会場を出て吉里吉里へ戻りました。その時もかみさんはお義母さんに「必ず大きい地震が来るから気を付けてね」って言ってたらしいんだけど、お義母さんは「テーブルの下に潜るから」って言ってたみたいで…。津波に関しては、まさかここまでと思っていなかっただろうし。かみさんは、釜石で飲食店をやってるんで、夜の仕事だから、「地震が来たら」「津波が来たら」って従業員にだけは常に話してたみたいで、心構えはあっても、日中とは言え、今まで経験した事のないような地鳴りと地震が何度も何度も…。「津波が来る」とは思ったものの、あんな大津波が来るとは想像していなかったです。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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