東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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雄勝に育まれて

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  • 話し手: 柴田憲一さん
  • 聞き手: 葛西陽介
  • 聞いた日: 2011年12月5日
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自己紹介―幼少時代―

 柴田憲一(しばたけんいち)です。1951年12月6日生まれ。ちょうど60歳。生まれたときからずーっと雄勝町の原に住んでる、先祖代々。

 俺で6代目。初代、二代と刀差してっから。何年なっかなあ。山形がら落ち武者で逃げできて、最初は、こごの山の裏に真野峠ってあんだけっども、そごさしばらぐ間借りしてだどこで、婿さ入らねがって言われで、柴田家絶やさいねっつごどで、そんで山越えでこごさ住みついだ。300年位にはなんだべな。

 こごさ来たとぎは、家3軒しかながったんだって。今の家はまだ新しいさな。平成なる前、昭和の最後。その前から古い家はあったよ。100年以上なる家だ。

 ちっちゃい時は、この辺で遊んでだ。なんも無ぇがらこの辺で遊ぶしかねえ。川で魚採りとが。おっきい声で言わねっけど、山行って鳥っことったりとか。鳥っことって飼ったのは中学校の時だな。

 昔は30cmも雪が降ったごどもある。今は10cm積もれば大雪だがらね。雪遊びもでぎだよ。ソリっこだのスキーだのは、自分で作るんだ。お金ねえがら。丸竹っていうのがあって、親指ぐれえの太さがある。それ4本が5本集めて針金通して、そんで先、曲げでそれで滑ってだ。ソリも作ったよ。あどさ、車っこってさ。木の車でハンドルもちゃんとつけてそういうのも作ったよ。クリの木にタイヤ刺すんだ。あの車っこは結構遊んだな。海のほうに遊びに行くっつうのは俺達はあんまりねがったな。歩けば30分以上かがるさ。だがら、あんまりそっちまでは遊びに行がないって感じだな。小学校は歩いで30分のどこ。海までなんぼも離れでない。中学校は小学校よりちょっと手前だったんだ。

 

家での仕事―休みの日は家の仕事しなきゃなんね―

 中学校終わって、学校落第してしまったがら、最初っから高校に入る気なくて。家の手伝いで、田んぼとが養蚕やってだ。養蚕はもう1軒あんだけどさ、だいたいのどごは辞めだ。山っつが家の目の前に桑畑があっがら。でも、採算取れねえわげさ。だがら辞めっぺしって言うんだけども、親父が桑畑あっからやるって、平成4年くれまで養蚕やってだ。桑は親父が作った。キリグワってさ、切ればまだ次の年、おがる(生える)。雑木系統だがらな。けっこう大きくやってだのさ。トラクタとか耕運機はあるよ。畑もあっから。畑は今もやってる。白菜とが大根、豆、小豆。野菜は色々だな、なんだりかんだり。

 昔は牛もいだ。俺は見でねっけども、馬もいだみだいだ。おらいの親父の親父のその前の人達が馬さ乗っていだがもしんね。牛は肉じゃなくて、仕事するために。親父は、山仕事してだっちゃ。だがら木、出すのに牛使ってだした。昔、よぐ牛とか馬で出してだっちゃ。ソリ引っ張らせで。

 山は国有林がら払い下げした山とが。うちの山もあるよ。杉山とかもあっけども。面積的になんぼがって言われでもわがんねな。でも、1町歩ぐれあるのがな、全部にすっと。今も木おがってる。手入れもしてる。手入れする時期終わったどごもある。家の裏も60年以上になってがら。搬出はまだする気はねえがな。20年30年の木もあっから。竹藪もあるし。この辺の地主だね。

 あとは田んぼも2反7畝くれてやってる。今年は、震災で苗っこが用意できねくて、それプラス俺がちょっと田んぼをやる気力が失せでしまって、休んだのさ。そんで正解さ。今年の台風で、田んぼさすっかり砂利入って。やってれば、収穫前にもう、みんな終わりさ。あと近くの沢から水取ってだんけっども、それがもう氾濫して、田んぼさ来た。田んぼはもう、辞めることにした。なんぼが砂利は取ったけどさ、入った状態のままのどごもある。それが震災後に市がら来て、畑が平らだっちゃ、あんまりでこぼこがねえがら、そごさ住宅建でたいっつう話を言われて。もし建でんだったら協力すっからってこどで。はっきりはまだ決まってねえよ、打診あっただけ。そいで田んぼもストップしたのさ。

 休みの日は家の仕事。親父亡ぐなったから、家の仕事しなきゃなんね。ミツバチの世話もしねばねえし。養蜂っつうほどでもねえけど。昔はやってながったよ。平成21年ころがな。面白ぇよ。自然の蜂を捕まえで、巣箱作って、その入り口さ蜜蝋ってのを塗っておぐと、蜂が来やすいわげさ。女王蜂も働き蜂も全部、団体で。分封(ぶんぽう)って言ってさ、子別れっても言うんだけどさ。必ず、毎年くらい巣箱の中では分封するわげさ。新しい女王が巣に残って、古い女王は出でいぐんだって。古い女王が入るわげさ。良いところ見っければそごさ入るわげさ。入りやすいように巣箱を何箇所か置いで。まだ2年ばりだ。一昨年から始めで、一昨年はひとっつも入ねくて、やっぱ難しいんだなって。でも去年5つも入ってさ。こりゃあ良いなあってなったら、3つ逃げられでさ。逃げるごどもあるわげさ。「こご気に食わね」って。そごはスズメバチに襲われで、もう逃げでいったの。今年もオオスズメバチ来て、箱さ1匹入ってさ。でも網やって入られねえようにしてなんとか。

 あどは管理、餌足んねぐなったら砂糖水をがけねばねえがら。箱を持ってみで、軽いなあって時は餌与えねえと。蜂はニホンミツバチ。箱は24cm×24cmを組み立てる。重箱式に重ねでいぐのさ。蜂っつうのは上がら巣を作ってくるわげさ。そして上がら蜜を溜めでくるわげさ。その蜜、20kg近ぐまで溜まれば一番上をピアノ線で切って上をいただくわげさ。俺は17kgくらいで搾る。搾るっつが自然に垂らすだけ。金網でゴミ濾すやつかげで(かけて)やれば、ゴミを入れないで蜜だけ採れる。蜜はその辺の自然の花。今はもう花の時期じゃねえがら。今はセイダカアワダチソウとお茶。お茶は今花咲いでっからそれ無ぐなっと、あど蜜集めらいねえがら、あどは重さ見でたまに砂糖水をあげる。だいたいは蜂が自分で今年の冬、間に合うくれえ集めるわげさ。でも、それをたまにいただくっちゃ。だがら、いだだいた分は砂糖でお返ししねげねっちゃ。蜜は販売するくれとれねえもん、家の人達で食べる。でも、こごは花足りねえ。花があればな。もう少し増やしても。

 



■ 宮城県石巻市

宮城県石巻
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