東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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震災から見事立ちあがったすばらしい町って言わせたい

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  • 話し手: 蒲生哲さん
  • 聞き手: 須藤佳美
  • 聞いた日: 2011年12月11日
  • 071/101
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理由があって残されたから

 2万数千人しかいない陸前高田市で、およそ10分の1の人が津波の犠牲になりました。誰が生きて、誰が亡くなったかなんて誰にもわからない。その中で私は家族全員元気。家もある。これって「お前さん、なんかやれ!」っていうことで理由があって残されたと思っています。「それってなんだろう?」と思ったら、自分の一番の夢っていうのは「広田のきれいな砂浜をもう一度見たいな」って。それにはまず復興させなきゃいけない。私達の子どもがさ、外に出ていずれ社会人になる。その時に「あの津波で悲惨な目に遭った陸前高田市から来たの?」っていうよりは、「あの酷い震災から見事立ちあがった素晴らしい町から来たんだってね!」って言わせたい。そういう風にしていくのが私の務めだと思います。その手段の1つがこのNPO法人「陸前たがだ八起プロジェクト」だったということです。

 

陸前たがだ八起プロジェクトの支援のあり方

 今、仮設住宅の人達で仕事も何もない、特にお年をめした方は生きがいを失っているわけです。家流されて、下手したら家族を亡くした人もいる。あるばぁちゃんが私に言ってきたよ。「なんか生き残ってしまった。どうしたらいい?」、「いやいや、違うんだ。生き残されたんだから、他の人の分まで生ぎねばダメだよ」って。そういうふうにはいつも言ってんのね。そういう人たちってさ、せっかくもらった命なのに、そのばぁちゃん達もガッカリして部屋の中で鬱になっちゃって。阪神淡路大震災で自宅孤独死が神戸地区に非常に多かったの。それをまずはなくしたい。

 あと今この仮設住宅にいる人達は、いずれは自分で家を建てて、もう一度もとの地区に戻る。その時に今、津波に流されず自宅で待機している人達とまたうまくやれるかどうか微妙です。仮設住宅にいる人にはいろいろ支援が行く。それで在宅避難者の方は「なんであの人達ばっかり支援してもらってるの」と凄く妬たましかったり、羨ましかったりする。「私達だって仕事もないし、家族も亡くしているのよ」と。確かにそうなんだ。でも支援者たちは、仮設住宅はまとまってるから支援しやすいからね。仮設の人達は「いいじゃん、あなた達は家があるから」って。そこの溝が凄く深まってます。だから両方の意見を聞いて、両方の気持ちを吸い上げることが大切だと思う。そして、いずれはこの仮設住宅の人達がまた地区に戻ってうまくいけるように、コミュニティがうまく形成できればいい。そういった支援のあり方を模索しています。

 

キャンプ場を利用して

 このキャンプ場は、全国で10個しかない5つ星のキャンプ場の1つです。自慢のキャンプ場でした。だけども、おそらく二度とこのキャンプ場としては復活しないだろう。なぜかって言ったらば陸前高田市はまず、平地がない。家を建てる場所がないのでとりあえず今、家を建てることに専念していますが、お年寄りなどの生活再建の難しい人が残ってしまうだろう。その時に学校はいつまでも仮設住宅として使えないから、そういう人がこのキャンプ場に集められて、公営住宅になるのではないかと予想してます。

 本当は仮設住宅ってのは2年3ヶ月っていう法律があるんだけれども、延長して1年、3年って言われているんですが…無理です。陸前高田市は、最低5年。下手したら10年はかかるでしょう。それでも今後も支援を続けていきたいです。

 

【プロフィール】

話し手:蒲生哲さん

震災以前はモビリアキャンプ場の支配人をしていた。現在はそのキャンプ場を拠点にして特定非営利活動法人「陸前たがだ八起プロジェクト」事務局長として復興支援に力を注いでいる。

聞き手:須藤佳美

玉川大学文学部比較文化学科2年

 



■ 岩手県陸前高田市田束地区

宮城県南三陸町
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