東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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海と波の音と共に陸前高田で暮らした日々

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  • 話し手: 佐藤カヨ子さん
  • 聞き手: 浅野奈緒子
  • 聞いた日: 2011年12月11日
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家族と私と家

 私は昭和7年9月26日生まれ。なんぼだべ。78歳。9になるよ。今のとこ、私が1人仮設にいるし、孫は女の子が仙台にいる。男の子は東京にいるよ。次男の息子が東京。長男は茨城にいる。三男は埼玉。男ばり。次男のふみおの妻は私と2人で一緒に住んでたが、津波で流されたの。次男は単身赴任して正月ばかり、帰って来る。孫も一緒に住んでいない。だから、私の旦那さんが亡くなってから、頑張って、お嫁さんとずっと2人で暮らししてたの。

 うちは(仮設住宅のある)モビリアの下の海の傍。近くには弁天様って島があって、ここらへんの神様があったんだけど、鳥居も今回の津波でなくなったの。家はチリ地震の津波も食って、その時は2mぐらい上がったから、家の下に土を盛って、家を壊さないで家を上げてもらったの。でも、今度は流されてしまったの。昭和32年に建てた家で、それで昭和35年にチリ津波。息子も昭和32年生まれで思い出の残る家でした。ガラスも壊れてしまったの。食べ物も何もかも流された。今は何もない。山ばし。

 

地震の時はね

 高田の店さに、おば使いに行ったわけ。電気が切れたから、高田松原のマイヤの中のリップル(スーパー)に買い物に行く途中で、色んなところから来るみんなと乗って、巡回バスにいた。地震が来た時はガタガタ揺れて、怖くて逃げられなかった。スーパーも流されてどこもかも流されたの。車もなくなった。みんな一緒に松葉の高台さ逃げたの。みんな1人で歩かれねんだもん。引っ張られて。そうしてるうちに津波にこっちとあっちと両方から囲まれてしまったの。高台の山の方に行ったけど、足元まで水が来てしまったの。建物の上より来たの。みんな疲れてしまったから椅子さ作って座ろうとしたけど、椅子はみんな流されてしまったの。後ろから押したり、ひっぱったり、ロープさ引っ張って「上がれ上がれ」って。今度は山まで崩されてしまいそうだから危ないと思って、もっと高いところへ逃げたの。雪が降って寒くてみんな滑ったり転んだりしたの。みんなで助け合ったりしてハシゴかけたり協力したの。病院だってヒビが入ってさけたの。

 

一緒に暮らしたお嫁さんと東京から来た孫

 お嫁さんは働き行ってたの。警報さ鳴ったから、家に戻ってきたんだと。家さ大事な物取りに入ったんでしょ。家の中で死んでたんだって。50m先に流されたとこ、自分ちのスギの木もあって、そこの周りにいたんだって。みんな消防団とかあじあじと(10日も2週間も)探し回ったの。息子は東京さいて連絡取れねんだもん。うちの孫なんて、お母さんいなくなったから、野宿しながら、チャリンコで東京から来たの。でも、そん時は見っからねえから、高校の友達と何人かで探したの。モビリアさ泊まれないから友達の家に泊まって。他の友達も流れたからって、友達と一緒に探し歩いて、他の高校の友達を2、3人も見つけたって。お母さんいねえから孫も必死で。お母さんも大事だし、友達も大事だし。道路がなくなって、ガレキの山を歩いて越えて、「おばあちゃん大丈夫か」って、嬉しいもんだか、びっくりしてしまった。チャリンコで来て、会いに来てくれて元気が出た。そん時は嬉しかった。それからお母さん、なんぼにちも見つからないから、消防・警察の人は見つからないって言ったって。モビリアから早く下に行きたくて。車で行こうとしてもないから、ガレキの上を這って行けって。例えばほれ、あそこのお寺、正徳寺に行ってね。そこで世話になってたの。お寺さんに連絡取って、ここに来てるからっていって、その後2人で買い物に行ったの。浜の方まで行ったの。行く道はないから別の道路を歩くようにしてもらって、車で回り道してずーっと来たの。

 

陸前高田を離れて

 2、3日後、具合が悪くなって、ドームさいらんねえからって孫の仙台とこさ1ヶ月さいたの。5年前に胃の手術をしたから、薬も飲んでたんだけど、津波で流されてしまったの。仙台に行ったときにいっぱい薬もらってきたの。助かったの。

 仙台さ、みんなアパート。知らない人ばっかりで1人で寂しかったんだ。1回だけ、アパートの近くで奥さんと話せて嬉しかったな。仙台の病院で脳梗塞の薬もらって、お医者さんと話したの。お医者さんはモビリアに4回くらい来たことがあって、松原の周りも知ってたみたい。それで、漁さしてたところも見たことあるみたい。そういう話が出来て嬉しかった。さっきの奥さんも盛岡から来て、家建てたんだって。都会さ行くと知らない人ばかりで田舎の人はおかしくなる。孫も務めなきゃいけないから、戻ってきたけど、こっちに帰ってきて、みんな知ってる人ばかりで楽しかった。みんなで寝て、お話もして、朝と夕方、散歩もして、嬉しかった。人と話していないと、ここにいても寂しかった。だけど、海ばかり見てたから、ここは山と空しか見えないから…。

 



■ 岩手県陸前高田市田束地区

宮城県南三陸町
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