東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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海と波の音と共に陸前高田で暮らした日々

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  • 話し手: 佐藤カヨ子さん
  • 聞き手: 浅野奈緒子
  • 聞いた日: 2011年12月11日
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私の幼少時代

 俺は4人兄弟の一番の末っ子。可愛がられたんだべか。俺のお父さんは大工でさ、九州だ熊本だ行ってね。出稼ぎだから、お父さんとあまり会ってないもん。お母さんは戦争終わったくらい、小学4年生くらいに亡くなった。戦争当時は食糧難だから、学校でも家でも農業して、ごみを肥やしにして、ジャガイモ蒔いて、昔は開墾した。前の家も山のそばだから、小さい頃からうちでも百姓だったの。兄さん夫婦が親変わりになってくれた。兄さんは兵隊に行って、奥さんが親変わり。もう1人のお兄ちゃんはお酒飲みで、もう1人も病気でなくなっちゃった。当時は忙しくてねえ。誰も男もいない。だから、おらぁ中学校に行ったけど、暇もらって早く帰ってくるの。そしてほらぁ、兄貴の子どもがいたから「おしん」と同じで学校に連れてって、そしたら泣くでしょう。大変でしょう。弁当食べさせてあげて。中学は2年までしかなかったから、卒業して、家のお手伝いしたの。

 

18歳で嫁いで―田んぼ・畑・海―

 お嫁に行ったら浜さ行ってしまった。お嫁には18歳だべか。21歳で赤ちゃん産んで。3人の子どもを持った。昔はほらさぁ、お見合いとかでもなくて仲人にもらわれたの。今の人たちみたいではないの。鳥嶋ってとこの同じ須谷(そうや)部落の2つ上の人と結婚して、そりゃ大変なとこにいたの。昔のことだからいっぱい兄弟たちがいて、7人も8人も家族がいる次男と結婚したの。昔はミルクとか買えないから、本当は子どもがいっぱいいたけど、小さいうちに亡くなったの。ご飯も大変だから、炊事当番も作ったの。お嫁さんだもん、お母さんやお祖母さんがいるところだから、知らなかった漁業もやって、一生懸命働いたの。やらねったって、やらなきゃ、覚えねえもん。頑張って働いた。馬から牛とかいたから、草とか運んだり、土地がいっぱいあって良かったけど、大変だったなぁ。山から田から畑から。

 4、5月は田植え。夏は畑、それから、草むしりもいっぱいやるよ。稲刈りが終わってから漁業をやるの。うちのあたりも日が当たらなくて、海風も寒いの。だけど、畑もモビリアのとこいっぱいで一町歩くらいあって、歩いて坂を上って畑をやったんだ。働いたんだよぉ。家事も仕事も子育て3人やってさ。孫は2人いて。頑張ったよぉ。洗濯もして、寝る暇もなかったよ。一番いいのは夏の浜で涼しいし、みんなで賑やかなんだ。

 

自慢の海の幸と漁業

  今は自分の分だけしか料理しないけど、ここはお魚とか美味しいの。昔は鮭、カキ、ワカメから小魚とかね、獲ったの。それで、そりゃあ煮たり焼いたり。何が一番美味しいのか決められないよ。みんな美味しいよ。鮭は焼いてね。あとイクラね。冷凍してあったのはみんな波に持ってかれてね。ちょうどイクラの時期で…。ホタテは焼くのが美味しい。醤油をつけなくても塩味がしておいしいの。浜のそばだからね、魚とかよく食べたね。いつも何かあるの。今は買って食べる。昔はいっぱい獲ったの。

 ワカメはしゃぶしゃぶにして食べると美味しいの。何をつけても美味しいの。ポン酢でもワサビ醤油でも。ワカメは採ってきたら塩蔵っていうのをして、くるくる巻くの。ワカメは捨てるとこはなくて、茎も食べるの。茎は湯通しして一晩置いて、底取るの。それはそれで出すし、茎こは茎こで出すの。芯も食べるの。一晩置いて、塩とって。調理して、煮たり、さまざま。メカブも美味しいね。ここら辺の人はみんな食べるの。

 海苔もやってね、釘指して、網を張ってね、種作って、それがだんだん伸びてきてね。寒い中、海に入ってね、寒かったの。それを3月頃に採って摘んでね。11月12月にワカメもなの。カキも冬。剥いて背負ってそれを売りに歩くの。それは売れるの。新鮮なんだよ。10月頃から始まる。カキのときは2時3時に起きるの。1枚ずつすいて、短く切るからさ。朝のうちにやるの。そうしないと昼間に担いで売りに行けないの。全然寝れないね。浜の人は忙しいし、みんな寝てないの。寝る暇もない。だから、少し早めに7時8時に寝るの。海苔の時期は寒いの。寒い水の中に入るの。浜の人はお嫁さんがいないって困ってたもんだ。だから、うちも浜さやらないって言ったもん。だけどやったもん。やらないって言って嘘つかれたんだ。昔は早くお嫁にいったから、55、56歳まであくせく働いて、青春とかないんだよ。

 



■ 岩手県陸前高田市田束地区

宮城県南三陸町
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