東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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これからも、海で。

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  • 話し手: 堀合俊治さん
  • 聞き手: 古澤杏奈
  • 聞いた日: 2011年9月23日
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自己紹介

 名前は堀合俊治(ほりあいしゅんじ)。名前の由来はわかんねぇ。親父の妹がつけた名前って。昭和38年1月13日生まれ。48歳で、家族は父がいます。あと、1こ下の妻と子供が5人。長女が26。次女が24、長男が22、三女が18、で、四女が17。

 漁業、養殖漁業です。父から受け継いで。

 自分は兄弟は4人です。姉が2人と弟。会うのは年に2回ぐらいかな、お盆と正月ぐらい。魚とか、そんなに食べないんだよね。年間通して見てっとね。たまには食べっけどさ。見て腹いっぱいになんだ。

 毎日の楽しみ…楽しみねえ、特にないね。お酒は普段飲まない。なんか、集まったときだけ。嫌いなわけでもねえんだけど。

 

自然の中で育った

 生まれはここ。住めば都さ、ふふ。小さい頃はどうだったべねぇ。自分が自分見るのはどうなんだろ、わかんね。かわいかった(笑)。まあ、小さい時から海が好きだった。勉強してなくてね。好きではなかったねえ。小学生の時はねぇ、山にいたり海に行ったり。自然がいっぱいだから、夏は海に行ったり。冬は…雪が降ればスキーしたり。雪降んないとこだからね、あんまり。積もったら、水まいて、氷を凍らせて。

 中学の時は柔道やってた。で、高校のときは空手。きっかけはねぇ、親戚で2こ上の人に誘われてやってみて。でも、だめ、だめ(笑)。中学の3年間は、まあなんとか頑張った。空手もダメさ。遊びさ(笑)。

 高校はここ、宮古の水産科。入試をしないで入った。うちの時から推薦入学制度ってのが。成績良くなくても行けたんだよね(笑)。面接だけだったからね。学校の勉強は好きじゃなかったけど、体育と音楽は好きだった。水産学校は音楽ねかったから、残念だった(笑)。得意でもねぇんだけどね、好きなだけさ。

 で、高校終わってから、北海道の船に。

 

漁師デビュー

 最初はね、高校終わって、マグロ船に行くことになってだったんだけども、「明日、船に来てください」って。前の日に来たんですよ。で、無理だから、マグロ船はやめだったの。なかなか交通の便が悪いんで。

 北海道に行ったのは、たまたま、地元で船頭やってる人がいだったんです。その船のね。で、その、人がいないとか足りないとか、乗ってみないかっていうんで、行っだったんです。

 まあ3か月に1回くらい入んだ、船って。魚がいっぱい獲れれば、いっぱいなれば入ってくる。出航から入航までだいたい3か月周期なんです。3か月間は、海の上。初めて3か月海にいたのは高校終わってからだから、18か19。3か月、短けぇよ? まあ、そんなもんだ。長いとね、4か月くらいかかった。さびしくなったりはない。んまあ、入ってくっとさぁ、休みあっから、1週間くらい。

 海の上で一番苦労したことは、最初…だねぇ。なにもわかんねかったから。ベテランの何十年乗ってる人も、高校終わって行った人も、もらう金が同じなんです。だから言われるわけ。俺だって叱ったよ(笑)。

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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