東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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これからも、海で。

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  • 話し手: 堀合俊治さん
  • 聞き手: 古澤杏奈
  • 聞いた日: 2011年9月23日
  • 075/101
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はっきりしない行政が、困る。

 何するにしてもさ、県のほうとか国のほうとか、はっきりした数字出てこないんだね。船が流されたんだけど、最初は3分の2の補助だった。それが9分の8に増えて、また3分の2に戻ったわけさ。最終的にはっきりしたのがわからないまま。

 だから自己負担が、まあ、2,500万の船だったら、1,200万負担ね、現金で。お金ないのさ、ふふ。でも船だけ造っても漁はできないから。今やってる養殖施設も補助の対象なんだけど、なんぼ補助だかわかんない。わかんないけどやってんだよ。施設自体は補助なんだけども、その他の、ホタテの吊るすヒモとか、かごとか、どうすんだろ。陸上の建物もなくなったし。施設も全部なくなったし、道具関係から、機械類も。わかんないままやってんのさ。先が見えない、まだねぇ。

 津波については、来ないと思うけどね。防潮堤を高くしても、何しても、大変だべね…。逃げる。逃げるしかね。今までの津波警報でさ、来なかったのさね。実際来ても小さい。そういうのもあったのさね。最初ここに津波警報が、予想3メートルっていうので出て、それがだんだん上がって、最終的に何なんだか…そうなったころには来てんだね、津波がね(笑)。当初3メートルで、3メートルならここまで来ねえやっていう人が結構いたと思うんだね。

 沖のガレキ、結構あんの。それが終わんないと、施設も張れないわけ。業者からは、ガレキは撤去しました、って言うんだけど、終わってないのさ。残ってるのさ。んで、この前、県の水産部の人を呼んで、船でずーっと見てきた。終わってないよ。ちょうど施設を入れようか、って言ってる場所に結構あんだもん。困るね、かなり。だから、ホタテの作業は進んでないね。

 堤防壊れてさ、波入ってくるわけさ。あの堤防、早く造ってほしいな。船つけておかれない。この15号の台風で1隻沈んだのさ。せっかく残ったのにねえ。

 

絆じゃねえの?

 県外へ行った友達はいねえな。養殖漁業者は減ったね。3分の1になった。震災前、ここ吉里吉里、30人ぐらいだった。それが8人までいったかな。まあ高齢もあるんだけど、若い人だけ残った感じ、40歳くらいの。

 いま、養殖のほうの作業を共同でやってる。ワカメのほう。まあ今頑張ってやってるん。ウニは採れなかったからね、今年はね。カキのほうは、施設設置して、種ガキも持ってきて、来年出荷できると思うんだけど。

 カキ出荷してる、東京のヒューマンウェーブさんっていう会社があって、早々とお見舞いに来てくれた。そこで、何が必要かって。船って言った。会社で会議開いて、三重のほうの取引先と話して、3隻いただいた。小っちゃい船なんだが、ま、その船でなんとか、施設作ったり、仕事はできる。

 うちはうちが残ってっからいいけど、うちもない人は仮設にいんだけど、今度どっかに家建てて住まないといけないから、大変なのさね…。希望は震災前の生活だね。

 補助事業に関して大変だけど、震災後、悲しいのが大きい。家族はみんな無事だったんだけど、親父の弟達とか、その息子達とか、そういうんでね。みんなそれなりにね知り合いの仲だったのが…。

 震災での教訓…。それこそ、絆じゃねえの? ね、1人で何もできないもん。

 

【プロフィール】

話し手:堀合俊治さん

岩手県大槌町吉里吉里にお住まいの48歳。自宅が津波の被害に遭ったが、修復し、現在自宅で暮らしている。職業は、父から受け継いだ養殖漁業。父、妻、子供5人で暮らす。

聞き手:古澤杏奈

慶應義塾大学文学部人文社会学科1年

 



■ 岩手県大槌町吉里吉里

岩手県上閉伊郡大槌町吉里吉里
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