東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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600人の生命がかかってる。

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  • 話し手: 佐藤徳郎さん
  • 聞き手: 福島空
  • 聞いた日: 2011年10月21日
  • 077/101
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地元に戻ってくる

 うちらの行政区は、流される前は197世帯あったの。それが残ったのがたった8世帯。603人がそこに生活をしていたんだけれども、いま仮設に、自分の地域に戻ってきたのが220人ぐらい。私は3月20日あたりから、仮設だったらば地元に戻ってくると、地元の民有地、ってずっと考えてたの。それで勝倉さんていう、おじいさんの代から付き合いをさせてもらってる人がいるのね。そして、仮設を建てるんだったらここの土地を貸してもらいたいとお願いした。勝倉さんからは「あんたから頼まれて俺だめって言えないよな」って言ってもらえて。ただ、それからが大変よ、相手は国だから。

 4月の説明会では、全町で約3,400の仮設が必要だけど、町の公共用地で確保できたのがその3分の1しかないと。あとの残りは、近隣の市にお願いしたいと話があったわけさ。俺はね、絶対地元、民有地だと。でもどこにかけあったってだめさね。国がだめなものはだめなんだよね。県がだめなものはだめなんだ。ところが、たまたまテレビの密着取材だのがあって、どうやら被災地の現状を中央に直接伝えてもらったみたいなんだな。それから、民有地も許可になってきたわけだっちゃ。

 

600人の生命がかかってる

 それまではどこさ言ったってだめだから、やっぱり真剣になってやればさ、こういう平穏な言葉では言えねえよな。だってとにかく門前払い、門前払いだっちゃ。

 俺ね、3月の段階でみんなの前で言ってるわけさ、「ここさ戻ってくっぺし」て。言った限りやんなきゃねよな。よく「何がそういう風にさせたのっしゃ」って言われんだけども、なんでもないのさ。やっぱりねこういう未曾有の災害っていう時に、いぐら私のようなものであっても、600人の人たちの生命がかかってる。今後がかかってる。そうなって、それをやらなければ俺、孫子の代まで言われる、俺が亡くなったって。亡くなってからまで言われんの情けねっちゃ。んだから、自分で考えられる範囲の中では、とにかくやれるものは全てやったような気はする。ただ、気はするだけで、分からない。相談てのもできねんだよな。即断、即断でいかなけね部分もあるっちゃ。そうすっとね、やっぱり、俺こういうふうに決めたんだけっども、みんなこれでいいのかなと、そういうような思いもやっぱりでてくる。

 本当にね、こういう災害の時のリーダーってのはさ、ものすごい孤独。もう全て自分の頭で考えて、行動する、即断をする。ものすごく難しいよ。でもねぇ、思うのはさ、やっぱ人間捨てたもんじゃないつう感じはある。自分では何にもできないんだよ、できないんだけっども、自分が真剣に頼めば、誰かが動いてくれる。いろんな人たちに世話になってきた。

 

これからの楽しみは

 本当にすごい人たちに俺たちは恵まれてきたなと。津波でなければ会えなかったし、こうやって人対人の付き合いはできないよなって。俺がたまたまでも区長をやっていたからいろんな人たちと会えるし。本当にそれが財産なんだ。こうして出会えた若い人たちの今後の人生も楽しみにしてるし。俺ね、何年か経ったら、自分がきっちりと自分の仕事に復帰してね、3年か5年かかっか分かんないけども。そしたらみんなのところをぐるっと歩ってみたい…。そうすれば、全国の孫に会える。そういうのは楽しみ。そういうことがねえと、やっぱり耐えられねんだ。

 俺、震災後、8月の避難所の退所式までは、涙つのは流さなかった。流す余裕がなかった。ほんとにね、その前の5ヶ月間はね、いろんなことがありすぎる。今やっぱりね、ある程度みんなが落ち着いてきて、涙腺がゆるむ。というのはね、流されてえんえんではないのさ、やっぱりみんなね、いろんな人のお世話になってる。そういうのがね、ありがたい。

 

とにかく早く自分の仕事に復帰したい

 ハウスは全部だめだね。息子が就農するときに約2,000万かけて作ったハウスが丸10年でパアだよね。それで、これから自分が仕事に復帰するまでは、最低3500万はかかる。その金の捻出どうするか。国が小さい圃場までね、補助を出してくれるか。それがね、今一番頭の中に。

 今バイトには行ってる、土建屋さんさ。最初のうちは瓦礫撤去だったから、これは本当にむなしい。今は住宅の基礎工事が出てきて、やっぱり出来てくものじゃないですか、だからそういうのは仕事をしてて楽しいよ。ただ、自分の仕事ではねえから。

 遅れてもいいから、復帰すんのは。ただ方針さえ分かればいい。方針さえきちっと分かれば、俺も事業を興せる。それがまだ全然闇の中。それでずっとつながれるっつのは、キツい、つらい。俺だってやっぱり意地あるし。あの狭い仮設から早く抜け出したい。そしてねえ、お金が入ればいいっつう問題ではなくて、俺たち年代になってくると、平均寿命であと20年と言われても、元気で働けるってのはおそらくあと4、5年だと思う。65歳になれば、俺だってどっかかっかはいかれてくる年代になってくんだよ。そうなってからではさ、いくら息子がやるっていいながらも、やっぱりかなり厳しいよね。とにかく早めに復帰して、早めに家建てたい。

 

【プロフィール】

話し手:佐藤徳郎さん

園芸農家の経営者として40年間、トマト、菊、ほうれん草を栽培し、常に挑戦を続けてきた。震災後は行政区長として、地区単位での避難と仮設入居に尽力してきた。

聞き手:福島空

東京農業大学農山村支援センター 学術研究員

 



■ 宮城県南三陸町志津川

宮城県南三陸町
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