東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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お茶っこの会をひらく、志津川唯一のかばん屋さん

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  • 話し手: 菅原幸子さん
  • 聞き手: 澁澤陽芽
  • 聞いた日: 2011年10月22日
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自己紹介

 生まれもこっち。旧姓は萩野。結婚して菅原。菅原幸子。

 女3人、男3人の6人兄弟。私はいちばん上。両親が働きに出てたからね、弟や妹の面倒を見て。お母さんは生牡蠣の工場。お父さんは大工。そして、150mか200mしか離れてない所から嫁に来たの。

 

お茶飲まん

 今、ひとりで暮らしてます。かばん屋をしていたんですけど、やめて、年だからもうできない。もとの場所には家を建てられない。地盤が沈下して、水がざぶざぶ来てる。あの辺一帯はね、建てる許可が出ないんだね。あそこに住めるまでには何十年もかかるんでない? われわれがあの世にいってもどんなもんだか。だから、高台に建てる計画をしてるみたいだけど、私たちがいた町はだめだね。それでも志津川のそばにやっぱいたいねぇ。生まれも育ちも志津川だからね。

 かばん屋をやっていて、昭和44年の景気のいい時代にはよく売れたよ。2万もする学生かばんとかランドセルが飛ぶように売れた。それから少しずつ売り上げが下がって。忙しい頃から買いに来てくれたお客さんにお茶出してたの。主人は裏でおにぎり食べて、私は店にいて。いいとこだったよ。商売してたから知らない人がないというか。みんな声かけあって。

 年はとってても気持ちはまだお姉さま。7年前に主人が亡くなったのでお店をやめようかと思ったけど、問屋さんとかお友だちに「あなたがやめたらぼけてしまうよ」って励まされて、かばん屋もひとりでほそぼそと続けたの。

 「そこまで来たから寄ってみた」ってパンを買ってきたり、お茶っ葉を買ってきたりして寄ってくれるの。道路を通った人も呼ぶの。「とにかくお茶飲まん」って言うの。

 

海のある生活

 夏は海の家で12年間働いてたの。息子と主人と3人でやってたの、生き生きと。海の家のスーパーハウスを借りた人は3軒ぐらいあって、うちは物販だから、傘を貸したりボートを貸したりしてたのよ。いろんな人との交流もあったし、ぴちぴちちゃんを見られるから楽しかったのよ。海には海水浴客があんまり沖に行かないように見てるボートがあって、陸では学生さんが見てて。人口海水浴場で、シルバーの方がごみ拾いやらして綺麗な海でね。

 もとは岩だらけの海だったところが、県の事業で人工海水浴場が出来たの。私たちが小さいときはカキとかのいかだが並んでいて、そこの下を見たりしてたね。大きい船が入ってくるとあおられて水飲んだり。夏は海だね。海の水はきれいで波がないから。小さい子供達も安心して泳いだの。冬はそりすべりとか。縄で後ろに小さい子乗せて競争したり。家の中で鞠つきとか、ゴム跳びとか鬼ごっことか。

 

三陸津波とチリ津波

 私も津波に関係あるもんだなって思ってね。昭和8年3月3日にね、三陸津波っていうのがあったらしいの。私が生まれて21日目に。それから昭和35年5月24日、長男がお腹に入って8カ月目でチリ津波。物は流されて、かばんが全部なくなって、2トントラックが家の中に入ってたの。2階の家は残って、私がまだ20歳代だから、がんばったわけ。そのときは何の前触れもないんだよ。地震はチリだからね。気象庁からも発表がなかったの。でも、朝早く海に出た漁師さんが引潮がすごいのを見て、「これはおかしい。津波が来る」と。何の発表もないのに来るわけがない。でも、漁師のかたがたが騒いだわけ。「津波来るから逃げろ」と。どのくらい来るかわかんない。大したことないだろうとも、私も一応逃げたの。町で指定された避難所で高台にある志津川保育所に逃げて、一晩か二晩泊ったかな。

 津波にやられて流された家もあったけれど、うちはかろうじて残ってた。ただトラックが入ってるし、タンスはひっくり返ってるし、畳が全部盛り上がっていたの。山のように。これではどうしようもないって。1階が全部そう。お勝手に行ったら、鍋も釜も泥だらけでね。とにかく洗って消毒して使える物は使った。水道はあったんだけど、水が出たかどうか定かじゃない。飲み水はね、避難した保育所のところまで汲みに行ったの。大きなお腹で。そして自衛隊のかたに持ってもらったの。「お母さん、持ってあげるから」って。着るものも全部川に持って行って洗ってね。「お腹冷やしたら赤ちゃんに悪いから」って、自衛隊の方々に川に入ってもらって洗濯してもらったの。そういう経験があったの。

 自営業だからお店やらないと食べていかれない。お店の建物は残ったし主人も若かったから、一生懸命がんばって今日に至ったわけなんだけど、そしたらまたこんな大きいのが来た。

 



■ 宮城県南三陸町志津川

宮城県南三陸町
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