東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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理論から繋げる津波対策

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  • 話し手: 大江康博さん
  • 聞き手: 葛西陽介
  • 聞いた日: 2011年12月6日
  • 083/101

自己紹介?津波というものはどういうものかを話したい?

 大江康博(おおえやすひろ)です。生年月日は1948年12月1日です。今回は震災の体験というよりは津波というものはどういうものかを話したいと。今回の震災は大きな地震、それと大きな津波でかなり大きな被害が出たんですけども、はっきり言うと、地震の部分ではどっちかっていうとあまり大きな被害は出てないはずなんですよね。問題はやはり津波の被害がね、非常に大きかった。ただどうも調べるとあまり津波ということに関して皆さん良く分かってないと。ですからそういうことを今回の被災体験にあわせて、我々はよく津波のことを知らなかったということを伝えてもらったほうが有意義かなと思っているんです。ただ、私の理解がひょっとしたら間違っているかもしれないけども、私なりに理解している範囲で話しても良いかなあって。

 

当日の状況?帰るときは悲しかったことは間違いないですね?

 地震が収まって車で会社に向かおうとしたんですけど、その時には水が吹いていたんですよ、道路に。多分、液状化でしょうね。後で聞いたら、一緒に会議していた人はその時に吹いてきた水で車が浮いてハンドルが使えなくて、車を置いて逃げたと言ってました。私はたまたまエンジンをかけたら車が動いたんですけど。その時は何の水だろうと思ったんですけど、よく考えたら液状化でしたね。泥水というか灰色がかった茶色の水。じわじわじゃなくて水道管が破裂して地下から吹き出すような感じ。道路もね、亀裂が走ってました。そんなに大きいものではないですけど、だけど多少段差はついてました、何カ所か。地面のいろんなところから吹いている感じ。最初は何が起きてるか分からなくて。そこで会社に行って、みんな逃げろって言ってその後2階の事務所に行って必要なものだけ持って、さて逃げようかと思ったんですけども、ちょっと足を痛くしていたもんですから走って逃げるわけにもいかないかなと、だけどここならなんとかなるかなと。それで一応、残りまして。結果的に助かりました。

 いろんなものが流れてきましたね。なんでも。固定されていないものは何でも流れてきましたね。車も家も、工場にあった機械類も。鉄のかたまりなんかみんな流れてきました。後日ですけど、そこの日和山でね、流されていく人の声を聞いたという人もいたんですけど、私は聞くことはなかったですね。建物の中は視界が狭いわけですから周りの状況はあまり見えないですね。

 工場で一晩過ごして。怖かったのは何も情報がなかったもんですから、津波がいつ収まるとか予測できないんですよね。私が決心して逃げ出したのは翌日のお昼の12時をきっかけにじゃあ行こうかと。逃げるときは道路は家でふさがれているし、瓦礫や流れた家で「道路はどこ」という感じでしたね。帰るときは悲しかったことは間違いないですね。みんな壊れてますから。途中でおじいさんと会って二言三言話して。向こうも放心状態でしたけどね。瓦礫とか家が道をふさいでいるわけですから、本当にこの方向で帰られるか分かりませんでしたけど、そういうのは会う人みんなに聞いてね。みんな教えてくれるんですよ。私も会う人にはこっち行けるよとかそういうの話してましたね。

 

過去の体験?子供ながら強烈に憶えているもんなんですね?

 地震が来たときに波が来るというのは頭になかったですね。かなり強い地震があったことは間違いない。ただそれが収まるかなって時にまた大きくなって。今まで経験した揺れではなかったのでかなり強いなって分かっていたので、車に乗ってラジオを聴いていたんです。そのラジオで津波警報が出てて。津波情報ではその時では6mだって聞いたんですよ。地震発生時は魚市場で、会議中でした。それで会社に戻って高台に逃げなさいという話をしました。津波に関してはですね、チリ地震の体験もあったんですけど、あの時は床下で、今回とは桁外れに小さい津波です。あれを経験しているからといって今回の津波を予想できたかというと多分予想できないですね。ただですね、私が小学校低学年頃、1933年の昭和三陸津波の時に実は水はここまで来たんだよ、っていう痕跡が家にあったんですよ。家の茶の間の棚に、床から計ると1.5mくらいの高さに筋があって、ここまで来たんだよって聞いてまして、子供ながら強烈に憶えているもんなんですね。今回ね、私の家のすぐ後ろの家に住んでいる人が私がそういう話をしたら、その人のおじいさんが神棚に上って助かったんだ。という話をしていたので、だから床上1.5mは間違いないなと確信を得ました。それとね、津波の話でいうと3月12日、その水がある中を逃げてくるときに、途中で80歳前後のおじいさんがいましてね。それで声をかけたんですね。そしたらその人が言うには、私は小さい頃に、三陸津波を経験してたんだけども、今回はあれより酷かったなと言ってたんですよ。

 



■ 宮城県石巻市

宮城県石巻
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