東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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家族があって仕事があって生活している人は幸せだ

私は運が良かった

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  • 話し手: 阿部章さん
  • 聞き手: 橋本拓真
  • 聞いた日: 2011年10月22日
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自己紹介と家族構成

 阿部章(あべあきら)です。昭和25年4月12日生まれです。今年で61です。4人兄弟の一番下です。志津川生まれで志津川から出たことがないんです。母親は私が中学の時ですか、父親は私が20半ばだったかな、病気で亡くなりました。ちょっと心臓が弱かったんで。姉がいて結婚するまでは、2人で暮らしていました。上の兄貴は仕事の関係で家を出ていて、応援ていうんですか、苦しいときにはよくしてもらってたりしました。家屋は全壊です。震災後に1度見に行ったんですけれど、それ以来行ってないですね。もう見るのも嫌で。土台も半分以上なくて、自分の家で確認したのも、玄関に貼ってあったタイルだけです。いまも避難所から最初に移動した仮設住宅に住んでいます。

 

震災当日―高い壁が流れてきた―

 当日はちょっと体の調子が悪くて、家で休んでたんです。ハローワークに行って、お昼食べて、ゆっくりしようとしていたんですけれど、その時に地震になったんです。その2、3日前にも小さな地震があったもんで、それ以降は家族2人分のリュックサックみたいなものを枕元に置いて寝起きしてました。当日は、近くに住んでる一番上の姉を誘って避難しました。その姉は子供たちと離れて生活していて1人暮らしなんで、何かと心配の種です。地元に残っているのは私だけなんです。仕事も12月いっぱいで辞めて、ちょうど保険の手続きをやって休んでいるときにこういう風になってしまったんですね。

 リュックサックだけを背負って、家の前に偶然にも停めていた車に乗って姉を乗せて、小さいときから避難している上山公園に避難しました。時間にすれば何分もないと思うんですけども、避難して車から出ると、第1波っていうのかな、波が上まで上がったんです。普通、波っていうのは横に広がりますよね。でも、第2波は壁のまま来て、その余波がずっと上山公園の奥のほうまで来て、子供が犠牲になったんです。あれはすごかった。そのまま高い壁が流れてきたという感じだった。土蔵造りの家がその公園の下にあったんですけれども、それが飛ばされるのを目の当たりに見てしまったんです。それで怖くなって、山越えして、一番大きい避難所の志津川公園の体育館のほうに避難したんです。私はだいたいそこに1カ月いたかな。その頃にまた、2次の集団避難というのが始まって、そのあと登米市のほうに移ったんです。避難して2週間くらいで仮設の抽選が始まって、私たちは運よく1回目で抽選に当たりました。だから、そこに実際にいたのは2週間くらいです。

 

仮設住宅に入って

 仮設に入って、赤十字から届いたのか、最低限の生活に必要なもの、電化製品ならテレビ、冷蔵庫、エアコンは完備してますけど、一番困ったことは食べるものですね。食事は自分でということなので、それが大変だったんです。震災前ですと隣近所に小さい店でもあったんで不便はなかったんですけど、買い物が不便でした。車ですと30分から40分くらいかかるところに、だいたい1週間に1回、2回ずつ買い出しに行ってましたね。お金のほうは、兄弟とか親戚に見舞金をいただいて、それで何とかしのいでいました。それから町とか国からある程度義援金が出たんで。

 

あの日までは…―マラソン、卓球、旅行―

 結婚する前からマラソンをちょっと始めていました。マラソンて言っても5キロや10キロなんですけど、たまにやっていて。息子が小学校2年生くらいになった頃から、地区のマラソン大会に出て、毎年、親子マラソンで走ってました。

 息子は今、仙台で1人暮らししてますね。専門学校終わって、去年から調理師をして。まぁ、たぶんこっちには来ないっていうことですねぇ。最初は中華をやっていたんですけれど、中華と洋食のどっちにするか、まだ本人も決めかねているみたいですね。

 震災前は1年に1回、春か秋に必ず1泊2泊とかで旅行に行ってました。蔵王は結婚して間もなく1回行ったのかな。あとは、この辺ですと、秋保温泉、あと鳴子温泉。ここから1時間ほどで行けますから。そういうとこは結構行きましたね。とにかく近場ですね。そんなに余裕もないですから。たまに兄貴のいる神奈川の海老名に行きます。行く時は新幹線ですね。海老名駅まで迎えに来てもらって。自分で運転できるのは県内で、県外は1回福島に行ったくらいですね。兄貴は横浜の市役所ではないけれど、公務員をやっていたと思います。定年前にもう辞めたんじゃなかったかな。兄貴は子供がいなかったから、2人で悠々自適にやっていると思います。

 



■ 宮城県南三陸町志津川

宮城県南三陸町
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