東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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仲間の強さを感じられたな

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  • 話し手: 村上庄一さん
  • 聞き手: 金井千春
  • 聞いた日: 2012年12月10日
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趣味は釣り―怖いんだろうな

 趣味は釣りかな。津波前は、休みがある時は釣りしてたね。どうもパチンコとかそういうのはしないね、貧乏だったから。釣りでストレス解消かな。釣ったやつはちゃんと食べたし、この辺ではアイナメとか釣れるね。アイナメは刺身でも焼いてもうまいよ。そんで今回津波が食ったところはほとんど釣り場だったよ。

 今はね、ちょっと釣りする気分になれないんだよね。なぜかと言うと、まだまだ死体が上がってないでしょ。海にまだ流れてるわけさ、だからこの辺の岩場にはほとんど人は行かないし、釣りに行っている人はいないよ。あの津波前は、岸壁とかが満員でいっぱいだったけど、今は釣っている人いない。それに津波で釣り場も無くなっちゃってできないしね。あとは気持ち的にね、俺だけじゃなくてみんな、津波前はこのモビリア(避難所、仮設住宅となったオートキャンプ場)では釣りに行くのがメインだったくらいなのに、今は本当にいないんだから。みんな嫌がってるし、怖いんだろうな。流された人がまだ海にいるよっていうのがね。

 今は休みでも、都会の人みたいにレジャーとか出かけようだなんて何も思わないよ、出かけるのは食料品とか買いに行くくらいだよ。まぁ、俺は家でも結構仕事があるんだよね。百姓の片づけもあるし。畑とか田んぼとかをいくらかやってるから仕事はあるだよ。息子は日曜日も遊びに出かけたりしてるけど、都会はそうなのかもね。この辺はそれだけの余裕はないからな。時間がないっていう理由もあるけど、そういう風な風習がこの辺にはないんじゃないのかな。余裕がある人は今度の日曜日どこ行こうかって計画立てるのかもしれないけど、一般的には遊びに行くなんてのは1ヵ月に1回くらいじゃないかな。まぁ、震災前は温泉に行ったりとかはしたかな。遠くもあるけど、近くにもあるから。黒崎温泉ね、広田町にあるの。それは海のすぐそばなんだけど、今回は津波食らってないんだよね。だからそこも、無料でどうぞって対応が早かったんだよね。

 

3月11日―とりあえず逃げた

 あの日は仕事でね、陸前高田市の上長部(かみおさべ)町で仕事してたんだけどさ。高台で仕事してて、そのときに地震が来たんだよ。すごい揺れだったからね。俺たちはそこで収まるのを待っててさ、それで地震が終わったから今やってる作業を片づけて帰ろうかって話してたんだよ。だけど津波警報が出たからしょうがないって帰ろうとしたの。けど、働いてた場所は高いとこでさ。大工仲間の2人が下の方に住んでたから、その人が「チリ地震の時は津波がここまで来なかったから大丈夫だよ」ってことで、うちさ行くべぇってなってね。来ないと思ってたからさ、そんで相手の人が様子見に行くべってなって、車に乗ろうとしたら、下の方から「津波来たぞー!」って叫んできたのさ。そんでちょっと見たら津波がそこまで来てたからさ、材木と煙がひどくて、とりあえず逃げたの。

 上長部ってところはお椀型だから、下の方にその時いたから、山の方に逃げようとしたの。だけど鹿避けの網があったから、切って逃げたの。そんで津波寸前で逃げて、そんで避難した場所が友達の家に近かったから、そこの家で津波が引いてくのを見てたの。俺たちも危なかったよ。製材所もやってたから車も道具もトラックも全部流されて。そういうのが全部流されちゃったの、ほとんど何も残ってない。

 

炊き出しを始めた

 その時妻は家にいてね、地震が来たから中里部落の年寄りを回って安全確認してね。それから炊き出しの掛け声を部落にかけて、炊き出しを始めたんだそうです。そしたら、田束部落だけの人なら大したことないんだけど、よそからもいっぱい来たから、人数聞いて米を足してね。俺はその晩いなかったけどね、俺が一晩帰ってこなかったのも心配しなかったわけさ。高いところで仕事してたから大丈夫だろうって思ってたんさ。そんで炊き出しの方が忙しくて、全然心配してねぇんだもん。

 炊き出しも3日くらいまでは自分たちの持ってるお米とか食糧でどうにかなったんだけど、どんどん先が見えなくなってきたの。炊き出しするのに食糧がね、周りの人にも協力してもらってね。そんでそのうちに自衛隊が来たからね、それで助かったのさ。いやぁ、すごいよ、この辺の部落の人たちはすごいよ。白米で出してくれたところもあるし、あと籾を精米してから出してくれたところもあったしね。あれは本当にありがたかったね。一人暮らしでさ、買い物袋なんかで出してくれた人もいたんだよ。いやぁ、あれは泣けるね。協力して出してくれた米は、本来ならみんな自分たちで食べるはずだったんだからね。感謝だね。

 本当にうちの部落(中里部落)で炊き出しやってくれて、良かったなと思う。津波に飲みこまれなかったからこそだね。それに中里部落は電気も早かったんだ。たしか1週間なんぼくらいだったの。この中里部落とかモビリアあたりね、ちょうど近くに発電機もあって、早くついてくれたの。あとうちの妻がやってる寿工房にガスはあるし、水は地下水だからなにも不便ないしね、炊き出しできたわけさ。うちは井戸だからね。ほんとに助かったよ。

 



■ 岩手県陸前高田市田束地区

宮城県南三陸町
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