東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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仲間の強さを感じられたな

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  • 話し手: 村上庄一さん
  • 聞き手: 金井千春
  • 聞いた日: 2012年12月10日
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すごい経験したんだな

 今思うと、みんなで炊き出しやったりして仲間の強さを感じられたな。おらもこれは自慢できると思ってるんだよね。これは本当にすごかったな。まぁ、自衛隊にも助けれたしね、自衛隊もすごかったな。それより早くに来たのがね、救援隊が来たの、宮崎から。一番先だったのは宮崎だったの。あれは早かったし、すごかったね。感動したね、嬉しかったね。宮崎にも恩返ししたいね。あとは、個人的な救助も結構来たんだよ、物資とかね。ああいうのも感心したね、ありがたい、ありがたい。

 自宅に関しては、半壊はしなかったけど、屋根の瓦が少しはがれたの、それだけ。とにかくこの辺の中里部落は住民は流されないし、電気も早くついたし、水はほとんど飲めたしね、俺たちは本当にすごい経験したんだな、生きているうちに後はもうないと思うけど、なんとか助かったからね、がんばらないとだね。

 仕事道具は流されたから、家にあった古いのをもう一度磨いて使ってんの。あとは買い直してさ。だけど大きい道具はさ、後に使う人もいないから。後継者がいないから、買うのもね、迷うんだよね。

 

不安

 流されたところに家を建てたくないって人が多くてね。みんな高台がいいっていうね。ところが土地がなかなかないからね、こういう仮設に入っている人が家を建てるにも土地を買わなきゃいけないし。普通仮設住宅っていうのは2年でしょ。でも2年じゃ仮設からは出れないよ、家を建てられない人がいっぱいだよ。年取ったら借金もできないもん。

 釣りに関しては、とにかくみんな上がってからじゃないとね。じゃないと安心できないしね。うちの親類なんだけどね、可哀そうでね。はやく上がってくれればね、死んだのはわかってるんだからさ。うちのすぐ近くなんだけど、お隣3軒がみんな親類亡くなっててさ。家族亡くした人にはどうやって接していけばいいのかさ、可哀そうでね。今はだいぶ明るくはなったんだけどね、なんて言ってあげたらいいのかわからないからさ。もったいない人ばかり亡くなったからね。なかなか立ち直れないよな。

 

陸前高田をどうにかしたい

 今、高田にはなにもないからね。例えば市民が集まる場所とか、市民会館もないし体育館もないし。そういうのを何か1つ、大きい建物を作って今までのようなイベントとかね。例えば体育館でやるなら体育フェスティバルとかね、市民が集まるイベントっつうのは結構あったからね。そういうのを用意できる場所もないからね、何か1つ大きな集まる場所が欲しいよね。あとはうちにはいないけど、近所に子どもがいないからね。子どもの声は元気になるからね、学校を早く建ててほしいね。もともと小友町は平らな所が少ないのに、津波で食われちゃったからね。開発とか早くしたいね。

 

【プロフィール】

話し手:村上庄一さん

腰廻で生まれて、中学校卒業後、大工を目指す。他人の飯を食べないと苦労がわからないという父の教えで東京に修行に出る。東京、仙台を回り60歳頃に腰廻に戻り、地元で仕事を始めた。今でも現場に立ち、仕事をこなしている。

聞き手:金井千春

玉川大学文学部比較文化学科4年

 



■ 岩手県陸前高田市田束地区

宮城県南三陸町
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