東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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負けない子供に育ってほしい

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  • 話し手: 吉田恵さん
  • 聞き手: 葉山大樹
  • 聞いた日: 2011年12月11日
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吉田恵と言います。

 吉田恵(よしだめぐみ)と言います。昭和54年5月5日生まれの32歳です。夫と小学校2年生の息子と5歳の娘がいます。あと、夫の父と母の6人家族です。地方公務員をしてまして、長部(おさべ)保育所で保育士として勤めています。

 

生い立ち

 地元は高田松原です。高田町の松原地区ですね。父と母は地元のス―パーに勤めてたんですけど、それがなくなってから別の仕事をしてました。今、父は葬儀屋さん、母はデイサービスの方に勤めさせてもらってますね。兄弟が4人なんですけど、兄が東京の方にいます。震災の時は何度もこちらに足を運んでくれて物資を持ってきてくれました。弟が双子なんですけど、仙台にいた弟は帰ってきて、祖父母についていてくれて、もう一人の弟は東京の方にいます。

 小さい頃は幼馴染と一緒に近くの公園で遊んだりしてました。その子とは会う度に、海行ったり、松原歩いたりしていました。楽しいことも嫌なことも色々あったんでしょうけど、おっきくなっちゃうと悪いことが良い思い出みたいな感じになりますね。

 学校は高田小学校、高田一中、高田高校なので、ずっと高田。中学の頃は吹奏楽をしていました。ホルンとトランペットをやってました。高校は別なのをしようかなって、演劇部と生徒会の執行部の方を一生懸命しました。生徒会報っていうお手紙を出したりしました。定期的なのか、顧問の先生のきまぐれかは分からないですけどね。

 

保育士になったのは‥

 小学校入る前に高田保育所ってとこに行ってまして。その時に担任してもらっていてお世話になった先生と今一緒に仕事しているんです。その先生が好きだったので、保育所の先生になるって思ってました。高校入っている時は福祉職に就きたいっていうのもあって、福祉学科の方行ったんです。高校卒業した後に会津大学短期大学部っていう所の社会福祉学科に入りました。短大時代は、吹奏楽の他にも色々なサークル活動もして、ボランティアもしたし、そうじゃなくて飲み会ばっかりみたいなのもしたし。短大で2年間勉強して、それから市役所に入職しました。

 仕事をしていて良いところは、子供の成長が見られて、それに関われるところ。貴重な体験ですね。子供の成長が著しい時に関われるありがたさと、成長を見られる嬉しさもあります。行き詰まることもあるんですけど、すごく楽しい仕事だと思うし、勉強になります。日々子供からパワーをもらいますね。今の仕事をこれからも続けていければ嬉しいですね。

 震災があって今、いろんな方に助けていただいて、仕事をしていて特に困ることはないですね。困らないって言ったら嘘だけど、満ち足りてるまではいかないけど、もっとこうだったらいいなとか、こうなればいいなとかはありますけど。今すぐこれがなきゃどうにもなりませんっていうのはないですね。

 



■ 岩手県陸前高田市田束地区

宮城県南三陸町
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