東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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志津川で一番古い旅館の世話好き女将

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  • 話し手: 阿部節子さん
  • 聞き手: 安藤寿康
  • 聞いた日: 2011年10月22日
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地震当日―町は一気に波に飲まれた

 3月11日はうちにいました。私、つるし飾りをやってるもんだから、地震の時はミシンの前にいて縫い物してたのね。その日、お父さんが午後から佐沼の方へ用事あって出かけたのね。いつもは私もうちの中にいるのもなんだからって、車に乗って一緒に行くんだけどね。その日は黙ってお父さんが行くのを見送った。うちでは3月9日がおじいちゃんの立ち日、亡くなった日だったので、それまでちょっと忙しくてお供えできなかったから、11日に仏さんになにかあげようかって、おじいさんおもち好きだから、おもちをついてあげてた。お昼にうちの人たちで食べて、それでお父さんは出かけた。仏壇にはおもちとかお線香あげて、うちに私が残ってたんですよ。そしたらあの地震で、すごい揺れだから、ただごとではないなと思ってすぐ茶の間に出た。うちにいた犬はもうワンワン怖がっていて、それを抱っこして、あと娘は2階にいて、揺れがすごいから下になかなか降りてこられない。2回目の揺れが収まって降りてきて、そしたら玄関の戸が外れて、6メーターの津波が来るっていうのをアナウンスで聞いた時は、もううちの玄関の戸のガラスも倒れていた。すぐ靴を履いて車に乗せて、見たら外の斜め向かいの方にひとり暮らしのおばあちゃんが立ってたから呼んできて、車で「ほら、乗っていくべ、一緒に逃げて」って乗せて、娘と3人で志津川小学校へ逃げたの。

 町が飲まれていくのを小学校から見ました。すごい波だ。土埃っていうんだか真っ黄色のだか黒いんだか、もうすごいの。うん、町の中が一気に飲まれました。水が来るのは早いですよ。見てる間に水来たからね。あらあら、あらあらだもんね。音もすごいし。ガス爆発するような音したりね。うちは流れるっていうより、水でもう飲み込まれたの。もう、瓦礫がいっぱいだから、どれが自分のうちだかわかんないの。そのうちに、雪が降ってきたの。今まで波が見えてたのが見えなくなるくらい。暗くて白く、雪で町が見えなくなって。

  

着物拾い

 その後に、学校のすぐそばに、友達が自分のうちでアパート持ってるから、やっとそこへ一晩泊めてもらって、次の日は、うちのお父さんが佐沼に用事があって出かけて、夜に中学校まで避難してそこに暮らして、10日くらいしてから着物拾いしたんです。瓦礫から着物を探して歩いて。私いっぱい着物持ってたから、ひとつでも着物ないかなって思って。いろんな着物が流れてきたから、それを川で洗って、それでいまそれにつるし飾りつけて。みんな大事にしてたせっかくの着物だから、お守りにして持って、いま小さな姫だるまなどを作っている。何かある時のために。

  

流された物置の中に見つかったお膳類

 うちの物置に御膳とかスリッパとかを、使わないで予備に取っておいたの。そのとき使ってるもののほかに、新しいお客さん来たら、すぐ取り替えられるように。ブロックの物置に新しい衣装ケースに入れたまんま、2キロくらい流されてね。それが、中身があんまり汚れないで見つかったの。50年も前の木製のお膳百膳、お椀も壊れないでそのまま残ってきたの。御膳は中で足がもげてた。でも塗りはちゃんとしてる。あとスリッパも50足くらい、買ったまんま。防火用に鉄の扉してたから浮かんだんだね。

 うちのおじいちゃんが電力会社へ勤めていたから、役場から「電力会社から来た書類が見つかった」って、電話があった。「国で壊すから、中のものを見て、いいものを取りなさい」って言われて、見に行ったら、御膳とかお椀、刀2振り、掛け軸なんかがあった。掛け軸は汚れてたけどね、刀も錆びていたけど残っているね。うちのお父さんは、「やめろ」っていったけどね、でも持っていきましたよ、あはは。

  

やっぱり栄えてほしい

 震災前からどの町行っても、石巻行っても佐沼に行っても、シャッター通りになってるしね。こうやって見ると、震災になってから若い人が見えないの。子どもたちっていっても、本当に小さい子くらいでね。結局、加工屋さんでも何でも、働いてる所がだめになったでしょ。今いくらか仕事やってる会社も、やっぱ人数が少ない、働き口がないと思うの。でね、遊ぶ所がないからいなくなるの。いまのところは楽しい所がないからね。やっぱり復興してもらいたいよね。栄えてもらいたいやね。やっぱりここは水産業で賑やかな街なんで。

  

【プロフィール】

話し手:阿部節子さん

昭和18年宮城県栗原郡瀬峰生まれ。幼少時を樺太で過ごし、引き揚げ後、再び瀬峰で過ごす。23歳で結婚、志津川で150年続く「阿部旅館」の女将として、ご主人と娘さんとともに、数多くの常連客や長期滞在のセールスマンなどに、地元の素材を生かした手作りの食べ物などでもてなしてきた。旅館は現在休業中。

聞き手:安藤寿康

慶應義塾大学文学部教授

 



■ 宮城県南三陸町志津川

宮城県南三陸町
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