東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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この町の海を取り戻す

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  • 話し手: 遠藤勝彦さん
  • 聞き手: 佐藤万貴
  • 聞いた日: 2011年10月22日
  • 096/101
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もう一つの仕事だったウニ商店

 我が家の通りはお土産屋さんとか、魚屋さんや肉屋さんが多かったんです。短い通りだったんですけれども、おさかな通りって称してて、年に3度4度のイベントをやるんですね。寒ダラ祭りとか、その時期に獲れる魚の名前を冠にしたりしてね。町の中でも一応結構な集客力はあった通りだったんで、家にはいつも誰か彼かお茶飲みに来てたりしてね。俺もお袋も賑やかな中で過ごしてきて、今は山の中に潜り込んでるみたいで。俺も仕事に出るし、女房も本屋さんの方に手伝いに行ったりしてますけど、「今日も誰もお客さん来なかったよ」って言ってて、お袋にとってはそれは寂しいところなんでしょうね。刺激がないんでしょう。だからちょっとぼけるのが早まっちゃうのかなって心配はしてます。

 うちのお店は、夏時分に、生ウニを買ってきて、少し塩振りをして、そんで一晩寝かしておくんです。それで塩ウニとしてビニールに入れて販売してたんです。

 焼きウニって読むとね、アワビの貝に剥いたウニを並べて、入谷でとれた炭でそのウニを焼いたんですね。浦浜の方で昔、貝焼きっていうのが有名だったんですけども、ハマグリの貝にすごく盛り付けをして、蒸し器で蒸す格好なんですよ。うちのもなんとか差別化を図りたいなぁっていうことで、炭で焼き上げるんです。岩手の方でも焼きウニは盛んなんですけども、ガスで焼くんです。炭ってのは火力の強弱をつけられないんで結構難しいですけど、何となくまろやかな味はだせたのかなぁ、と思ってね。

 あったかいご飯に生ウニかけて食べるのは最高です。我が家では、どんぶりにご飯を少しのっけて、生ウニ乗っけて、またご飯乗っけて生ウニ乗っけての2段重ねです。これがうまかったね。どっか行く時とかも、おにぎりに、梅干しの代わりに塩漬けにした塩ウニ。我が家のおにぎりはそれだったんです。娘たちなんかは、「またウニ入ってるの」って嫌な顔するんですよ。扱ってるが故に結構食べれたってところありましたしね。

 今ホテルなんかで、蒸しウニやら焼きウニなんかで出されんのは、大方外国産が多いんです。地物ですと単価も高いですし。単品が800円900円で、それでも買って頂くんだよね。10個も入ると送料とか入れて1万円くらいになります。けど、ウニを食べるお客さんってのは味覚肥えてるよね。本物しか食べない人たちなんでしょうね。いっぱい買ってもらったのは、やっぱつくり居酒屋さんとか、お医者さんとかでしたね。そっから波及して、結構県内とかに送ったりしてましたね。

 今はとりあえずあっぺとっぺで忙しくて商店の再開はできないですが、ありがたいことにお客さんに、またあのウニ作ってくれないですかって言われるんです。これホントありがたいなと思ってね。ですから、機会を作ってそっちもやりたいなと思ってます。

 

日本の皆さんへのメッセージ

 感謝の念はいつまでも持ってます。いつか支援を頂いてる方たちに何らかの形で恩返しをしたいなと思ってて、すべて感謝感謝って気持ちが強いね。わが身を振り返った時、よその地区に何かあった時にメッセージすら発してないって、反省するとこいっぱいあるんですよ。だから今回の教訓として、何かあった時に言葉だけでも伝えなくちゃっていう気持ちです。自分たちがどん底の苦しい位置にいる時点ですけれども、皆我々を見捨てることなく背中を押してくれてる、そう思えただけで気持ち的に楽になるっていうのはいっぱいあるんです。

 震災の被害を見てもらったその印象を少しでもいいから持ちつづけてほしいな、というのが逆にこっちのお願いでね。「都会では僕らの大震災がもう風化しつつあるよ」って聞いて、「そんな早い時期に忘れ去られんの?」って気持ちになったんです。ただ、この状態を1回は見といてほしいな、と思うんですよね。そういう地域で生きてる輩がいるんだってこと…。

 

【プロフィール】

話し手:遠藤勝彦さん

昭和27年11月25日生まれ。漁師とカキの養殖をしていた。他にも自宅で加工ウニ店を開いていたが、現在は「あっぺとっぺ沖の須賀」に所属し、漁業復興のための活動をしている。

聞き手:佐藤万貴

慶應義塾大学文学部人文社会学科1年

協力:村井香月

南三陸復興ダコの会、寿司割烹むらい

 



■ 宮城県南三陸町志津川

宮城県南三陸町
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