東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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南三陸町で幸せを感じたい

もう一度、商店街の洋品店から

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  • 話し手: 菅原栄子さん
  • 聞き手: 山本愛
  • 聞いた日: 2011年10月22日
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絆の強い商店街

 うちはずっとお店やって、3代目だからね、93年くらい経ってるんです。最初は布団屋さん。呉服屋さんやって、洋品屋やって。そういううちなんです。うちの夫で3代目。ずっと町と生きた店なんだよね。

 うちはね、商店街だったから、あのお魚市とかなんかやっても、ちょっと入ったとこだったから、あの小さな商店街で10店舗あるかな。でもね、すぐに何でもできる、「やろう」っていえば「やろう」っていう感じで。クリスマスに5mくらいのツリーを飾ったの。それが3回くらい続いたかな。ライトアップして、旦那さんたちがサンタクロースの服着て、子供たちにお菓子あげて。で、子供たちが終わったら、ばあちゃんたちにじゃんけんしてあげたりして。そういう、なんか絆の強い商店街だったよ。

 

呉服屋の日常

 9時に開けるから、夫が開け方して、私は台所とか片付け方して10時になったら出てきなさいって言われるの。私は1時間遅れなの。ばあちゃんのこととか洗濯とかみんなして片付けてから店に出ています。

 新しくリフォームしてルンルンだったの。お風呂は直す、トイレは直す、広くして快適だったのよ。朝起きて洗濯して庭に干して、チューリップとかパンジーとかいっぱい並べてたから、それを見ながらね、朝のひとときがあった。私だけマイコップをもってコーヒーを飲みに行く。そういう生活してたの。息子もいないし、3人暮らしだから。

 楽しかったね。帰りたいね。となりが食料品屋さんだから、自分のうちの冷蔵庫みたいだったの。夜の7時までやってるから。ご飯食べて、あぁソースがない、カラシがないっつったら隣に行って買ってきて。お魚屋さんもあったから。私はね、7時に閉めるから6時には上がるわけ。お支度するから。魚屋さん、食料品屋さんとかね、わきあいあいやね。何でも買えるしね。だから今不便でしょって言われる。前は車とかなくても生活できた。

 

あなたでないとだめ

 仕事は、1ヵ月に1回、東京に仕入れに行って、並べて。お客さんが「入ったの? いつ行くの東京に?」って言われると、もう待ってられんの、嬉しいねー。私のトータルコーディネートをお願いしますって言われたり、私の服探してきてって言われるから。これあの人に合いそうかなぁとか考えて買ってね。で、頼まれなくてもその人、絶対来るから。「私の買ってきた?」って。田舎だから。それ嬉しいよね。信頼してもらってんだもん、それは嬉しいっちゃ。

 一番嬉しかったのは、津波に遭った後、私を訪ねてきて、礼服オーダーしたいって。あなたからオーダーしたいって頼まれたの。本当嬉しくて。何かあると、今度カーディガン買ってきてとか、未だに頼まれる。

「おたくの初売りの商品券、流さなかったわよ」って言われて。「大事に持っときな、後で買おうね。お守りで持っときな」って言って。もう親戚以上よね。

 

いまの希望

 いま、希望がたくさんあって、お店を立て直すって。仮設商店街ってのが中学校の下にできるんですよ。(2012年)2月25日。頑張ろうね、お父さんって。28店舗が全部、知り合い、仲間なんです。

 まずもってね、結局私たちが津波に遭ったときに、入学式に制服がなかった。それでうちでなんとかしたいって思って、そしたらボランティアの大きな団体の方が寄付しますって。でも頭になる人がいなかったの。会長さんも具合悪くて亡くなってしまったし、誰に連絡とったらいいか分からなくて。制服あげたいけど、誰を通したらいいかわかんないって話になって、夫がアリーナに行ったときに、これは使命だなって。子どもたちに制服あげようって、がんばろうって。それで制服あげたんです。でも、上に立ってくださる方がいたからできたんだけど。うん、それで制服やっていこうかってことになったんだけど。一番初めに、志津川高校の制服をやってたの。だからまずもって制服でお店やって、あとぼちぼちと少しずつ少しずつやっていこうと思って。

 いま、本当楽しい。精神的にもね、落ち着いて。

 

町に帰りたい

 私たち、いま登米市にお世話になってるんだけど、出て分かったんだけど、町内に帰りたい。町に帰りたいって。あんなひどい目に遭ったのに町に帰りたいって、出て分かったの。そんで、今あの仮設で空いてるところがあったら、入れたら一番最初入れてくださいって言ってるの。町に帰りたい。こっから20分くらいだから、近いんだけど、町に帰りたい。人とかじゃなくて南三陸町に帰りたい。

 

【プロフィール】

話し手:菅原栄子さん

旦那さんと結婚して以来、30年間南三陸町で暮らしている。震災前は、3代続く洋品店を営んでいた。現在は、復興市で復興Tシャツを販売したり、ボランティアと協力して制服を提供したりと、再び洋品店を復活させようとご活躍されている。

聞き手:山本愛

慶應義塾大学文学部人文社会学科教育学専攻4年

 



■ 宮城県南三陸町志津川

宮城県南三陸町
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