東京財団×共存の森ネットワーク 被災地の聞き書き101

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親父を見て大工に。地域活性のため色々やりましたね

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  • 話し手: 佐藤忠男さん
  • 聞き手: 金井千春
  • 聞いた日: 2011年12月11日
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田束念仏鎧剣舞

 陸前高田市内に郷土芸能が16種類もあるけれども、一番活動しているのは私共の田束剣舞です。田束剣舞は田束部落にある伝統芸能なんだけども、他にも小友町には10の部落があります。そんで田束部落には田束聖観音という観音様があり、奉っている観音堂もあるんです。その名を借用して、この地域の部落を田束部落と言うんです。

 昔あった剣舞は一時途絶えてしまい、誰も分かっている人はいなかったようで、ただ衣装や小道具、鎧らしきものがあったので、昔剣舞を踊ったんだろうなぁ、ぐらいにみんなが思っていました。

 ところが田束観音の御開帳がある時のこと、大正5年に「念仏鎧剣舞で良かったら教えるよ」と剣舞指導の申し入れがあり、その当時の田束の若い青年有志に教えて踊ったのが始まりなようです。それからは、田束念仏鎧剣舞は方々で出演するようになり、平成6年2月には陸前高田市の無形民俗文化財の指定を受けました。

 昭和51年から、小友小学校の5年生6年生50名くらいは、春の運動会に剣舞を踊り、平成5年からは中学校の秋の文化祭に、笛、太鼓、踊りを全部マスターし出演しています。田束地区の盆踊りには大人も子供もお稽古をし、小学生は鎧を付け、刀を持ち踊り、中学生は笛と太鼓で勇壮に出演すると、お父さんお母さん、じいちゃんばあちゃんが大拍手でお花の上りも良いようです。こうやって後継者育成にもみんなで精を出し頑張って汗をかいておりますね。

 

小笠原流礼法

 礼儀作法の話なんだけど、小笠原流礼法っていうものがあるの。幕末からこの地方に伝わったようですね。うちの祖々父は1873年、明治5年にその向きの師匠に弟子入りし、師匠と一緒に気仙管内の1集落に1週間から2週間泊まり込み、小笠原流礼法を15名から30名前後の男女で、12、3歳から20歳前後の若い人たちに指導して歩いたようですね。そして1935年、昭和10年に亡くなる前日まで指導を続けたようです。ただ、その時の講習は途中でやめてしまったと、おふくろから聞いたことがありましたよ。

 私も若い時は、父に引き連れられて婚礼とか仏事に付いて歩き、お寺の小僧が習わぬ経を読むと同じように、見様見真似で少しばかりかマスターしたようなつもりで指導講習に入ったこともありました。けれど今考えてみると、適当なことを思い切ってやったものだと、反省することが時々ありますね。

 小・中・高の学校からたまに依頼があったりしますよ。他にも中央公民館の事業活動の中に、日常の作法という成人教室があり、実技講習、口話講習など月1回程度ありました。ですが、これからあと4、5年はないと思いますよ。4、5年経てば私も動けなくなるし淋しくなるね。

 

老人クラブの運動会

 老人クラブへの加入を勧められた時は、老人クラブかぁと思い、本当はガッカリしましたよ。けれど、クラブ加入を勧めに来たのは同級生だったので、同級生曰く「おれは市老連(陸前高田市老人クラブ連合会)の会長をやることになったし、運動会は何度も最下位だから会員加入して盛り上げてけろや」とのことでした。ということで、同級生に協力する心算で入会しましたね。

 運動会で私は80m競技に出場しました。スタートラインに立てばこの人には勝てるなと分かるような気がするね。同じ年代であれば勝てる自信がありましたよ。77歳で65歳以下に出場した時、勝てるわけないといっても人手がいないので挑戦して出場してみたら、見事に一等賞でした。お蔭様で小友チームが優勝し、前代未聞の成果を挙げましたよ。翌年は前年度優勝チームから選手宣誓が私の出番となり、ユーモアと笑いを入れて競技に入り、この年も優勝旗を持って帰りましたね。

 

もう一つの楽しみ、演芸会

 せっかく老人クラブに入会したのだから、演芸会をやろうかという話を持ちかけられ、小友町内の3つの老人クラブが一緒になり実行委員会を立ち上げ不肖、私が実行委員長を仰せつかりました。そこで次の項目の案を出しました。

  ・踊りは昔懐かしい股旅もの、マドロスもの、そして現代風の踊りから1つずつ。

  ・踊り以外の手とか浪曲、三味線のようなものを1つ。

  ・カラオケは1クラブ2曲とする。

 これを各3クラブから全部出演させることとし、何か不可能な種類があったなら可能なクラブに頼むことにしました。1クラブから8曲、3クラブで24曲。前後のセレモニーを入れて朝10時から午後1時半までかかり、無事に大盛会に終わることが出来ましたよ。

 

【プロフィール】

話し手:佐藤忠男さん

生まれも育ちも小友町。父親を見て大工の道へと進み、約60年大工一筋で生きてきた。現在は妻と一緒に畑仕事を行っている。震災前は老人クラブで運動会に参加したり、演芸をして楽しんでいた。

聞き手:金井千春

玉川大学文学部比較文化学科4年

 



■ 岩手県陸前高田市田束地区

宮城県南三陸町
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